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Salesforce, Zuora, HubSpotに学ぶ。SaaSユニコーンが行う「世界観」ブランディングの重要性

売上1.3兆円のセールスフォースの教え

少し前になりますが、セールスフォースが20歳になりました。前年度通期の売上は約1.3兆円に達し、名実ともにCRM界の盟主とも言うべき存在になりました。このセールスフォース20周年の際に、Forbesが面白いインタビュー記事を出しました。それは、「なぜセールスフォースが現在の成功を成し得たのか?」について、創業初期の社員にインタビューした記事で、その中のセールスフォース11番目の社員、現Zuora 創業者兼CEOのTien Tzuoが興味深いコメントをしていました。

『創業者のMarc Benioffと働き始めて1か月。私がMarcを見て気が付いたことは、挑戦的、かつ一貫性のあるストーリーを常に周りに語り続けていたことです。Marcからの教えは、毎日365日、同じメッセージを常に言い続け、それを「言い続けること」を自らに課すことの重要性です。ここで重要なポイントは、ただ同じ言葉を念仏のように言うことではなく、数千の違う言い方で同じメッセージを語り続けることです。そして、それが「世界を変える」方法だと。』

ただこのメッセージが、昔から使い古された言葉、ましてやプロダクトの機能の話では、今日のセールスフォースの成功は無い。セールスフォースが創業当初から言っていることを簡単に言うと、「顧客のイノベーション(変革の基盤)」を売る会社という世界観」です。彼らの強みは、ただの機能を売るのではなく、この野心的な「世界観(≒イデオロギー)」を伝え、ブランディングし、この「世界観」自体をも顧客に売り続けてきたことです。

本稿では、SalesforceやZuora、HubSpotなどの巨大SaaS企業が、どの様な「世界観」を発信してきたのか。そして、この点に関する日本のSaaSのチャレンジと期待について、述べていきたい。

SaaSの「世界観」フレームとSaaSユニコーン事例

ここではまず、SaaSの「世界観」を考える上で、Chris Monkの提唱するIdeological Brandingのフレームを説明したい。Ideological Brandingでは、以下の5つの要素を定義することが重要と説いている。

「世界観」作りの5つの要素

1. 天国(Heaven): ターゲットとする顧客/社会のあるべき姿
2. 地獄(Hell): ターゲットとする顧客/社会のなってはいけない姿
3. 罪となる行い(Sin): 顧客/社会を地獄に向かわせる、やってはいけない行動
4. 正しい行い(Right action): 顧客/市場を天国に導く、やるべき行動
5. ブランド名(Name): 「世界観」を伝えるブランド名

ここで忘れていけないのは、ブランド名です。何故なら、当たり前だが、ブランド名が無ければ、ブランディングが上手くできないからです。

それでは、Salesforce.com(創業初期)、Zuora、HubSpot等のユニコーン級SaaS上場企業について、このフレームでの「世界観」を説明させて頂く。

1) Salesforce.com(創業初期)の例

1. 天国: 常に最新の業務インフラがあり、事業運営が効率的な状態
2. 地獄: 事業運営とそれを支えるインフラが時代遅れで、非効率な状態
3. 罪となる行い:オラクル等から高価で非効率なオンプレソフトを買うこと
4. 正しい行い:常に最新のソフトウェアを、安価にレンタルすること
5. ブランド名:”No Software”

2) Zuoraの例

1. 天国: 商品ではなく、顧客重視の企業経営
2. 地獄: 顧客を顧みず、商品重視の企業経営
3. 罪となる行い:モノ・サービスを売り切りで提供すること
4. 正しい行い:モノ・サービスをサブスクリプションで提供すること
5. ブランド名:”サブスクリプション・エコノミー”

3) HubSpotの例

1. 天国: マーケティングが、多くのリードが常に獲得できている状態
2. 地獄: マーケティングが、営業に送るリードが慢性的に不足している状態
3. 罪となる行い:(顧客が嫌がる)コールドコール/メール、スパム広告等、旧来型のアウトバウンド・マーケティングをすること
4. 正しい行い:潜在顧客に役に立つコンテンツを届け、潜在顧客を惹きつけること
5. ブランド名:”インバウンド・マーケティング”

どの事例も、明確に善と悪を定義して、ただの現状の課題解決に留まらず、顧客に一歩先の未来を見せるような「世界観」を定義していることが分かる。ここで重要なのは、十歩、百歩先ではなく、一歩先であることです。あまりにも顧客の感覚から離れすぎると、現実味を感じず、B2Bでは顧客からの共感は得られにくい。ないしは、得られても一部の超アーリー・アダプターに限定され、マーケットがかなり限定されてしまう。

日本のSaaS企業の「世界観」へのチャレンジ

一方、日本のSaaSスタートアップの提示している「世界観」はどうだろうか?私も、日々色々な新しいSaaSの話を伺う機会があるが、以下の様な「世界観」を提示しているスタートアップがほぼ7~8割を占めていると思う。

日本のSaaS企業の典型的な「世界観」

1. 天国: 働き方改革/効率的な働き方
2. 地獄: 人手不足なのに、非効率な働き方
3. 罪となる行い: 電話/Excel/Emailや、高額で使いにくいオンプレソフトを使い、非効率な業務を行っている
4. 正しい行い:クラウドで、効率的に業務を行っている
5. ブランド名: 名前無し (または●●の業務効率化)

この「世界観」を、プロダクトを通して提供できていることは素晴らしい。ただこの「世界観」だけで、中長期的に高成長を維持しようとすると、競合がいないファースト・ムーバーの場合や、シリーズA前後のステージの場合に限られるケースが多いように思う。つまり、言葉を変えると、グロース・フェーズ、または競合環境が激しい状況で、この「世界観」だけで戦うのは危険だと、個人的には思う。確かに、この提示している世界観は、日本では課題感が強く、かつ明白なので、顧客から一定の共感を得ることはできる。一方で、オンプレだろうとSaaSだろうと、競合も全くもって同じことを言っているので、提供価値=機能差、価格差となってしまい、結果として価格競争に巻き込まれ、セールスサイクルは伸びる。結果、思ったような成長が出ないケースも、度々見受けられる。

また、顧客である日本企業の本質的な悩みは、これらの明白な課題だけでなく、沈みゆく産業への懸念も大きいのだ。(要は、明白な課題解決だけでは、顧客の未来は明るくならない。)裏を返すと、テクノロジーを使って、どう産業を革新していくのか?、それに野心的なビジョンと熱意、そして実行力を持つパートナーを探しているのが、現実ではないだろうか。

皆様ご存じの通り、日本企業を取り巻く環境は、課題だらけ。圧倒的に人が足りない、生産性が低い、グローバルで勝てない、デジタル化が遅れている、新産業が育たない等々。従って、今日の日本企業は、過去の負債や外圧に押され、大きく転換を迫られている。そして、いつの時代もこのような転換期には、明確な「世界観」を持ったリーダーが、人を惹きつけ、変革を進めてきた。(例えば、戦国時代の織田信長の「天下布武」や、幕末期の新選組の「尽忠報国(=尊王攘夷)」や西郷隆盛の「敬天愛人」が具体例。)

つまり、現代においてSaaSに求められることは、足元の課題解決の先にある、産業を革新する強烈な「世界観」とそのリーダーシップだと思う。ここが、SaaSがただの一ソフトウェアベンダーに留まるか、顧客に「Wow!」を与えられる、唯一無二の相談役になれるかの分水嶺だと考える。

Sansan創業者 寺田社長のメッセージ

このSaaSにおける「世界観」の重要性については、この前上場承認を受けた、日本唯一のSaaSユニコーンであるSansan創業者の寺田さんも似たようなことを仰られている。(DNX Ventures記事より、以下抜粋)

『創業当初から、「ソフトウェアはコンセプトや世界観を売るものだ」ということを、とにかくセールスチームに徹底していました。今あるものを売るのではなく、未来にあるものを売るんだ、という心意気です。
だからまず、プロダクトコンセプトやメッセージを死ぬほど考えました。創業当時だけでなく、その後何度も何度も、そして今も、そのコンセプトをブラッシュアップしています。(続く)』-Sansan創業者兼社長 寺田 親弘氏

この寺田さんのお言葉にある通り、SaaS企業にも、その先の「顧客の一歩先の未来を示す世界観」を顧客に示し、ブランディングすることは、SaaS企業のスタンスとしてとても重要なポイントだ。繰り返しになるが、これによって競合を排除し、顧客にとって唯一無二のパートナーとなり、顧客によりプロダクトの価値を「感じさせる」ことにもつながるからだ。

最後に。個人的に、日本のSaaS企業に足りないと思うのは、自分たちのプロダクトが浸透した後の、1) 天国(=顧客のあるべき姿)の解像度と、5) ブランド名だと思う。この「世界観」を磨くことで、顧客獲得のみならず、候補者を惹きつける人材採用力や、投資家を惹きつける資金調達力にもつながると思うので、ぜひSaaS企業には、この明確な「未来を示す世界観」を創り、磨き続けてほしい。そうすることで、日本のSaaSはもっと強くなると思う。

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