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Masquerade

性別不問・アドリブ可・語尾などの軽微な変更可
1人複数役可
ご自由にお使いください。
無断転載・自作発言はおやめください。

登場人物・3人
エレナ
サイモン
ソフィア


――――――――――――――――――――――――――――――――――

エレナ
今日もまた、夜が降りてきた。
舞台の幕が下りてくるように、静かに。

人々が眠りについて夢を見る時間。
それがとてもいい夢なのか、それともナイトメアなのか。
それは分からないけれど……
ともかく、特別で神秘的な瞬間であることに変わりはない。

闇に包まれた街は、昼間とは違って一寸先も見えはしない。
所々に灯るガス灯と小さくて白い星だけが、私の道を照らしてくれる。
とても心もとない、弱弱しい光しか頼りにならない。

まるで人生そのもの。

それでもそのミステリアスな時間は、何もかもを隠してくれるのも事実。
太陽が昇っている頃には決して近づけない相手と愛し合うことも……
気の合わない人々から解放され自分らしくあることも……
すべての憎しみを忘れ、酒や遊びに興じることも……
どんな夢を追いかけることだって、この時間では許されてしまう。
まさに夢の時間

否……私たちは皆、夢の中で生きることを選んでいるのかもしれない。

常に仮面をつけて生きながらえている私たち。
その重くて味気のない、無機質な存在を忘れられる夜という瞬間。

そこは現実だけれども、そうではないのかもしれない。
漆黒が、夢の世界へ誘ってくれている。
人々は導かれ、そこであるがままに生きているのかも……

私とは正反対に……


――――――――――――――――――――――――――――――――――


サイモン
写真ってのは現実を映すだけじゃない。

その気になれば、それで世界を変えることができてしまう。
そこに映っているモノだけじゃない。
その裏に隠されている真実もまた、時として残酷なモノであることの方が多い。
そこまでを見抜いてからじゃないと、いいフォトグラファーにはなれない。

のどかな田園風景は、それを観た人々の心を癒してくれる。
けれども……そこに住んでいる人々が領主に搾取され、癒しとは無縁の生活を送っている。ことを、果たしてどれほどの人々が知っているだろうか?

独裁者が熱烈な支持者に向けてヘイトまがいのスピーチを行っている写真。
その表情に、世界でいちばんやさしい父親の面影は感じることはできるだろうか?

国境での衝突を記録した写真には、命を落とした人間だったモノが映っている。
彼の家族や友人の悲しみを、そこから感じることができるだろうか?

こんな仕事を続けていると、時々夢と現実の狭間で生きているような気がしてしまう。

確かにボクはこの世界でひっそりと、その時々に起きた瞬間を撮っている。
そこで起きていることは、まぎれもない事実。

運が良ければ新聞なんかにも使ってもらえるし、人々に喜んでもらえたりもする。もちろんその逆も然り。

そこに映っている存在のさらに奥へと、人々を招き入れる。
底は夢の世界かもしれないし、もっと残虐な世界なのかもしれない。
時として目を覆い隠したくなるような、ツラくて冷たい世界。

そんな現実と夢を結び付ける狂人は、今日もどこかで誰かを狙っているのかもしれない……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


ソフィア
音楽はあたしたちを夢の世界へと連れていってくれる。
少し考えてみてほしい。
ミュージカル・オペラ・バレエ……
どんな作品だって、すべては音楽からはじまる。
現実から夢の世界へ。
オーケストラが人々を誘うことで、物語を語ることができる。

それほど音楽というのは神秘的な存在。

なんてカッコつけたことを思っているけれど、アタシには音楽を語れるほどの腕前も才能もない。
弾ける楽器もヴァイオリンだけ。コンサート・マスターなんて夢のまた夢。
音楽は心の言葉というけれど、まさにその通り。
あたしの心は荒んでいる。だから音色もメチャクチャに聞こえてしまうんだろう。

それでも、この楽器を手放そうとは思わない。
ヴァイオリンの弦に込めた感情が、会場を支配する瞬間。
一度それを体験してしまうと、辞めることなんてできっこない。

愛・憎悪・憤怒・歓喜・喪失・哀愁……
音楽は人間の感情そのものを奏でている。
形として存在していないのに、誰が聴いてもわかる形で。

こんなにもわかりやすいのに
感じ取れる人々はとても少ない。

注目されるのはいつもそう……ニンゲン。

物語の中心には役者がいて、音楽は主役になれない。
なにがあっても……
ましてや奏者なんて空気そのもの。

でもそれでいい。
あたしはそう……現実と夢の世界をつなぐ存在。
そこは目立たず、曖昧に。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

19世紀後半・フランス・パリのとある洋館で……


エレナ
太陽がどこかへ行ってしまい、その代わりに闇がやってきた。
夜も更けた頃、立派な洋館には何人もの人々が集まっている。
主催者が財界のトップということもあり、変な服装をしている人はいない。
さすが……金持ちは人脈までも一流といったところかしら。
きっとこの中には、私が知ってる人も何人かいるはず。
もっともこれはマスカレード。
表情なんて見えないから、そんなのほとんどわからないでしょうけど……。

サイモン:失礼……

エレナ:ん?私かしら?

サイモン:はい。もしかして1人ですか?

エレナ:会場の端でワインを飲んでいる姿を見て、お分かりになりませんか?

サイモン:いえ……そうだとは思っていましたが、こんな美しい女性を放っておく男性がいるのかと不思議に思いまして。

エレナ:そうね……確かに今日は度胸のある男性は少ないのかもしれませんね。

サイモン(モノローグ)
星が出ていない夜のように真っ黒でしなやかなシルクに覆い隠されたその女性は、圧倒的な美しさを放ち、誰もが目を奪われてしまっていた。けれども彼女のトーンからは「そんな歯の浮くようなお世辞は聞き飽きた」なんて心の声が感じられた。

サイモン:あはは……それにしても、不思議なマスクですね。

エレナ:……というと?

サイモン:あなたのそのドレスと同じように、マスクもまたシンプルで優美な深い黒なのに……何もかもが反射しているように見えるというか……

エレナ:シンプル。
エレナ:目の部分にはそれなりに複雑な模様がついているはずだけれども?

サイモン:……そうですね。あなたの瞳に吸い込まれてしまっていて……気が付きませんでした。

エレナ:あなたさっきから私のことを口説いているようだけれど……直接言わないのは何か理由はあるのかしら?

サイモン:さぁ……ボクの手を取っていただけたら答えがわかるかもしれませんね。

 サイモンが手を差し出す。

エレナ:……まぁいいでしょう。

 エレナはサイモンの手を取り、2人は会場の中央へと向かう。
 気が付くと2人とも生演奏のリズムに乗せられて体が動いていた。

エレナ:あなた中々上手ね。長いこと嗜んでらっしゃるの?

サイモン:いえ……仕事柄このような場に来ることが多くて……

エレナ:そう……いつもこんな風に独りの女に声をかけてるの?

サイモン:そんなことはありませんよ。
サイモン:今日はその……あなたの神秘的な雰囲気というか、目に魅かれまして。

エレナ:……このマスクに描かれてる模様はね、髪飾りと同じデザインなのよ。

サイモン:髪飾り?

エレナ:今のあなたからは見えないはずよ。私の髪はとても長いし、髪の色も髪飾りもドレスと同じシンプルな黒なの。

サイモン:それは何か理由でも?

エレナ:理由……そんなもの必要かしら?

サイモン:え?

エレナ:素性を明かすことを禁じられたマスカレード。ここには誰も私を知っている人がいない。それならばそう……誰のことも気にせず、好きなようにモノを身に付ければいいでしょう?

サイモン:そう……かもしれませんね……

エレナ:……つまらない人ね。

サイモン:お恥ずかしながらよく言われます。

エレナ:でしょうね。
エレナ:それで?先ほどから私の目を見つめてくださるのは嬉しいのだけれども……何か不思議なモノでも見えているのかしら?

サイモン:いつもは何かが見えるんですけれども……あなたからは何も見えません。

エレナ:それは残念ね。

サイモン:こういうのは得意だと自分は思っていたのですが……自信喪失です。

エレナ:ふふふ。随分と自意識過剰なのね。

サイモン:あなたの目が美しすぎて……すっかりと惹き込まれてしまったようです……。

エレナ:違う。私の目なんかじゃなくてよ。

サイモン:え?

エレナ:あなたは深淵に吸い寄せられてしまった。

サイモン:それはどういう……

 その時ちょうど音楽が止まった。

エレナ:それは……少し自分で考えてみなさい。坊や。

サイモン(モノローグ):そういうと彼女はボクに一礼して、どこかへ行ってしまった。去り際にこの言葉を残してー

エレナ:仮面の裏に隠されているもの……あなたにはわかるかしら?


そこに残っていたのは、美しい闇に吹く夜風のような香りだった。





場面転換
数分後・同会場内でー





エレナ:マスカレードに参加していると思うのよ。私夢の世界にでも迷い込んじゃったかなって。

 エレナは紫色のドレスに黒の仮面をつけた女性に後ろから話しかけた。

ソフィア:どうしてまたそんなことを?

 エレナはシャンパンのグラスをテーブルに置くと、エレナの方を振り向いて聞き返した。

エレナ:ここにいる人はみんな仮面で顔を隠しているでしょう?表情が見えない分それが人かどうかもわからなくなるの。

ソフィア:なるほど……どこが現実でどこが夢なのか。その境界がわからなくなってしまうんですね。

エレナ:えぇ。時々怖くなってしまうわ。

ソフィア:あたしはその混沌とした感じ、キライではありませんわ。
ソフィア:むしろそれこそが魅力ではないでしょうか?

エレナ:この空間が好きなの?

ソフィア:はい。普段の自分を隠して新しい夢に溺れることができる……ロマンティックでだとは思いませんか?

エレナ:あなたはいつもそう。幻想的なのが好きなのね。

ソフィア:そういうあなたこそ……マスカレードでは必ずと言っていいほどあなたにお会いします。
ソフィア:この幻想的でミステリアスな空間がお好きだからではなんですか?

エレナ:それは少し違うわ。

ソフィア:といいますと?

エレナ:あなたはさっき「普段の自分を隠して」と言ったわね?

ソフィア:えぇ。

エレナ:私の場合は違う。ここにいる瞬間だけが本来の自分でいられるの。

ソフィア:それは……

エレナ:私が生きているのは舞台の上。そこでいつも誰かを演じている。作家が作り上げた“誰か”になることしか許されていない。

ソフィア:……

エレナ:だからこそ……ここでは自由になれる気がするのよ。

ソフィア:……身分を明かすのは禁止ですわよ。

エレナ:白々しい。お互いよく知った仲じゃない。

ソフィア:なんのことでしょう?あたしはただのヴァイオリニストですわ。

エレナ:えぇ。劇場専属オーケストラのヴァイオリニスト。

ソフィア:お義姉様!

エレナ:あら……ダメじゃない。身分を明かしちゃ。

ソフィア:あ、あなたが変なことを言うから……

エレナ:ふふふ。
エレナ:それはそうと……あなたの奏でる音色に負けず劣らず……今日もキレイね。

ソフィア:……恐縮です。

エレナ:濃い紫色のドレス……とてもよく似合ってるわ。暗い色なのに、あなたの美しさを際立たせている。

 エレナはソフィアの後ろからお腹に手を回す。ドレスから露出しているソフィアの方から首筋に掛けてのラインに、エレナの冷たい息が降りかかる。

ソフィア:お義姉様……近いです。周りの目もありますし……

エレナ:みんな仮面をつけている。それに私たち2人だって誰も知らない。平気よ。

ソフィア:そうかもしれませんけど……

エレナ:あなたの髪、羨ましいわ……。明るい茶髪をこんなにも綺麗にまとめて……
すべてが完璧なのね。

ソフィア:お、お義姉様こそ……
ソフィア:その背中を覆い隠している滑らかに流れるような美しい黒の長い髪……とても羨ましいですわ……。

エレナ:ありがとう。でも少し刺激が強いかしら?

ソフィア:とんでもありません。黒のドレスと合わさって神秘的な女神様のようです……

エレナ:そう……。
エレナ:あなたに褒めてもらえるなんて嬉しいわ。

ソフィア:そ、そんな……

エレナ:ねぇ……

ソフィア:は、はい?

エレナ:凛としたたたずまいもいいけれど……いつも仮面をつけている必要はなくてよ。

ソフィア:それはどういう……

エレナ:あなたが仮面の裏に秘めている感情。そろそろ日の目を浴びさせてもいいんじゃなくて?

ソフィア:そ、それはできません……だって……

エレナ:シー。
エレナ:できるわよ。あなたならね。

ソフィア:ん!

ソフィア(モノローグ):お義姉様はあたしの首筋に静かにキスをして、どこかへ行ってしまった。会場にはたくさんの人々がいるはずなのに、真夜中のような静けさだけが残されていた。




場面転換
数分後・会場のバルコニーにて





ソフィア
お義姉様はずるい。
何もかもを見透かして、あんな戯言を……
でもマスクを着けていたのが幸いだった。
表情を読まれることもなく、赤い顔を見られることもなく済んだのだから……。

サイモン:こんばんは。

ソフィア:……え、あ、こんばんは。

サイモン:今日はとてもキレイな夜ですね。雲一つない夜空なんて何日ぶりでしょうか。

ソフィア:そうですね……でもそのせいか、今日は少し寒いですね。

サイモン:確かに……でもそのおかげでステキな星がたくさん観ることができますね。

ソフィア:でも……1番ステキなのはあなたです
ソフィア:って言うんですよね?

サイモン:……

ソフィア:もう何回も同じようなこと言われているので、なんとなくわかるんです。

サイモン:なるほど……手の内がわかってるマジックを続けるのは無粋というものですね。

ソフィア:そうですね。そういうのはやめましょう。どうせお互い知らないままなんですし。

サイモン:……随分と醒めてらっしゃいますね。せっかくこんな夢のようなセカイにいるのに。

ソフィア:ん?どういうことですか?

サイモン:顔も素性もわからない異性と華やかな衣装を身にまとってステップを踏んでいるわけです。
サイモン:まるで疲れた日にみる夢の世界に飛ばされたような感じがしませんか?

ソフィア:……面白いことをいいますね。

サイモン:恐縮です。

ソフィア:疲れ果ててどうしようもないときほど、こんな場所に連れて行ってくれる人が欲しいです。

サイモン:1人では寂しいですか?

ソフィア:そういうことを言いたいんじゃありません。
ソフィア:そのような時、大体は自分1人ではなんにもできませんから。

サイモン:では……あなたは今疲れ果てているんですか?

ソフィア:……初対面の相手に随分と踏み込んできますね。

サイモン:いいじゃないですか。どうせお互いの素性は分からないんだから。

ソフィア:あたしは……よくわからないです。

サイモン:……

ソフィア:ただ1つ言えるのは、あたしは連れてくる側の立場だということでしょうか?

サイモン:それはまたどうしてそんなことを?

ソフィア:んー好きだから、ではないでしょうか?

サイモン:疲れている人を助けることがですか?

ソフィア:それもなくはないですが……

サイモン:ん?

ソフィア:あなたが気づいているかどうかは分かりませんが、あたしはさっきまで会場でヴァイオリンを弾いていました。
ソフィア:その音楽が、会場にいるみなさんを現実から夢の世界へ誘っているわけですからね。
ソフィア:連れてこられる……というよりかは連れてくる立場な訳です。

サイモン:そうでしたか……それではどうして今ヴァイオリンをお持ちではないんですか?大事な商売道具でしょう?

ソフィア:それは……
ソフィア:夢の世界に誘うだけではなく、夢の世界に居続けたい……からでしょうかね。

サイモン:……確かに、たまにはご褒美も必要ですね。

ソフィア:そうかもしれませんね。

サイモン:それでは……
サイモン:そんな夢の世界で、ご一緒に1曲いかがですか?

ソフィア:……あたしはあなたが思っているよりも、ずっと下手ですよ?
ソフィア:それでもいいんですか?


サイモン:構いませんよ。
サイモン:あなたにここに連れてきてもらったんですから……そのお礼をさせてください。

ソフィア:……いいでしょう。
ソフィア:リードしてくださいね。

サイモン:もちろんです。それじゃあ……中へ戻りましょうか。

 2人は腕を組んで、会場へと戻っていく。




場面転換
数十分後・会場の中でー




サイモン:とてもお上手ですね……ボクがリードされているくらいです。

ソフィア:そんなことはないですよ……。
ソフィア:リードしてくれる方がお上手なんですよ。

1曲ダンスを嗜み終わり、2人は窓際のテーブルの側に立ち赤ワインを嗜んでいた。

エレナ:2人もとても上手だったわ。ひときわ輝いていたと思うわ。

ソフィア:ありがとうございます。

サイモン:……先ほどはどうも。

ソフィア:あら……この女性をご存じなんですか?

サイモン:少し前に1曲お付き合いいただいたんです。
サイモン:あなたも……

ソフィア:え、えぇ……先ほど少しお話してたんです。

エレナ:楽しかったわよ。

サイモン:あなたはもう見ているだけですか?

エレナ:見ているだけでも十分楽しいんだもの。

ソフィア:あたし達をですか?

エレナ:えぇ。あなた達の仮面の内側……見ていて飽きないわ。

サイモン:あなたは見えるんですか?

エレナ:もちろんよ。

サイモン:じゃあ教えていただけますか?何が見えたか。

エレナ:よろしんですの?あなた方の秘密……美しさも醜さも、すべて垣間見えていましたよ?

ソフィア:そんなにムキにならなくても……

エレナ:この坊やはね、私に子ども扱いされて少し悔しいのよ。だから張り合いたいのよね。

ソフィア:まぁ。

サイモン:失礼ですねぇ。全部見えたというからそれを聞いてみたい。ただそれだけです。

エレナ:どこまでも強がるのが子供っぽくて好きよ。

ソフィア:お義姉様……

サイモン:おねえさま?

ソフィア:あ……いえ……

エレナ:大丈夫よ。このタキシードを着た坊やも、仮面の奥に大きなことを隠している。
エレナ:そしてその隣にいるレディーも、その秘密に気が付いている。違う?割と分かりやすかったと思うけれど?

ソフィア:それは……

サイモン:さっきから何ですか?早く言ってくださいよ。どれともハッタリですか?

エレナ:さっきあなたは私に、その人の目から何かが見えるみたいなことを言ってたわよね?

サイモン:はい。残念ながらあなたからは何も見えませんでしたけど……

エレナ:最初はバカな男が適当なナンパの口実を言っていると思ったんだけれども、それは違ったようね。

サイモン:……

ソフィア:どういう意味ですか?

エレナ:この人は仮面の奥に隠された何かを見るのが得意みたいなの。人が隠している秘密を、いとも簡単に見抜いてしまう。

ソフィア:先ほどからお話が見えないのですが……

エレナ:この人はあなたの仮面の内側を知っている。そしてそれを隠し通そうとしていることも……だからあなたは声をかけられたのよ。

ソフィア:……

エレナ:そうでしょう?やっと分かり合える女性を見つけたんだもの。声をかけずにいられないわよねぇ。
サイモン:何の話をしているんですか?男なら、美しい女性には声をかけるものですよ?
特にここはマスカレード。どうせお互い素性を明かすことはないの、今晩だけの関係なんですから。

エレナ:そうね。今晩だけの関係。今晩だけは女性同士でダンスもキスも……その気になればその後のことも、できてしまうものね。

サイモン:……

ソフィア:お義姉様それは……

エレナ:あなたはどこで気づいたの?やはりステップかしら?

ソフィア:女性が無理して男性のフリをしているのは、比較的最初の段階でわかりました。
ソフィア:ダンスの際足の動きが独特でしたで、靴のサイズを少し大きいものをお召しになっているからだと思いましたが……それがあなたに合う一番小さな靴だったんですね。

エレナ:それだけ?

ソフィア:いえ……香りもしませんでした。

サイモン:……香り?ですか?

エレナ:言ってしまえば獣臭くないのよ。

ソフィア:なんといいますか……女性独特の甘い香りがしていますから……。
ソフィア:きっとシャンプーは女性用のものを使い続けているんですよね?

エレナ:私もそこで気が付いたわ。男性が女性用のシャンプーを使っているなんて聞いたことないもの。

サイモン:……まさかバレてしまうとは。
サイモン:仮面をしていれば表情などがわからない分、隠し通せると思ったのですが……。
サイモン:気が付いたのは2人が初めてです。

エレナ:無理もないわ。写真を見るときって、みんなカメラの向こう側を見たがるものでしょう?それを撮っている側のことなんて気にもしない。寂しいわよね。

サイモン:だから誰にも気づかれなかった。でも女性であるボクが、恋愛対象に女性しか見れないなんて悟られるわけにいきません……。
サイモン:そんなことがわかったら……

エレナ:大変なことになるわね。

サイモン:だから……

エレナ:言えなかった。

ソフィア:なるほど……だからあたしに声をかけたんですね?

サイモン:……目を見た時から、男性に興味を示していないことは分かっていました。
サイモン:ボクと同じようなタイプの気がして。

ソフィア:お察しの通りです。
ソフィア:あたしも男性と結婚こそしていますが……正直決められた結婚で……その……

エレナ:深い愛はないのね。

ソフィア:その……

エレナ:いいのよ。正直に言いなさい。旦那のこと……私の弟のこと……愛していないって。

ソフィア:……とても良くしてくださっているんですが……どうも恋愛感情を持てなくて……

サイモン:男性よりも女性に魅かれてしまうんですね。

ソフィア:……えぇ。

エレナ:よかったじゃない。あなた達お互いに知り合えて。
エレナ:もちろんこの「夢の世界」だけでしか会えないけれど……。

サイモン:そうですね……この場限り‥‥…

エレナ:ここは現実であって、そうではない場所。女同士がステップを踏んでいても、何にも問題はなくてよ。
エレナ:ソフィアも……もっと仮面の裏にある美しさをさらけ出せばいいのよ。あなたが恋に落ちることができるのも、もしかするとここだけかもしれないのだから……。

ソフィア:仮面の裏……

エレナ:現実世界では決して見せることができなくても……ここならそれができるわ。
エレナ:この不可解な夢の世界ではね。

ソフィア:……

エレナ:それじゃあ……折角の機会なんだから精々楽しみなさい。私はもう行くわ。

サイモン:どちらへ?

エレナ:決まってるじゃない。
エレナ:夢の世界へ戻るのよ。じゃあね。

 そう言ってエレナはどこかへ消えてしまった。

サイモン:……彼女は一体

ソフィア:あの方はとてもすごい方なんです……人を見て、少し話すだけで、その人のことがたくさんわかってしまうんです。

サイモン:そんなことって……

ソフィア:ここだけの話……あの人は舞台女優なんです。とても人気がある。
ソフィア:今までたくさんの役を演じ、たくさんの役者……そしてキャラクターを相手に芝居をしてきた。だからわかるのでしょう。ありとあらゆるタイプの人を。

サイモン:……だから深淵なんですね。

ソフィア:え?

サイモン:先ほど彼女に声をかけたとき、あなたは深淵に引き釣り込まれたと言われました。その時は意味が分からなかったのですが、色々な役の人格が彼女の中で混ざりっている……それを深淵と例えたんでしょう。

ソフィア:ふふ。あの人らしい表現です。

サイモン:女優らしい……文学チックで遠回しな表現です。

ソフィア:そうかもしれませんね……でも人ってやはり面白い。

サイモン:というと?

ソフィア:人間は現実世界ではほとんどの期間仮面をつけていて、夢の世界くらいでしか外すことができません。

サイモン:仮面舞踊会で仮面をつけているときにだけ、隠し事をしなくていいだなんて。
人間というのは本当に数奇であり、残酷な生き物ですね。

ソフィア:全くその通りですね……。それは、あの方も同じです。

サイモン:そういえば……彼女が仮面の向こう側に隠していることって……

ソフィア:すべて……でしょうか。

サイモン:はい?

ソフィア:あの方は舞台女優。現実世界では常に「誰か」になっていなければいけません。
ソフィア:それがマスカレードで「女優」という部分を蹴面で覆い隠すことで、はじめて最も自分らしくあることができるのでしょう。

サイモン:仮面をつけた彼女の姿が、ありのままの彼女ということですか……

ソフィア:彼女にとっては現実が虚構の世界で、虚構の世界が彼女の生きる世界なのかもしれませんね……。
サイモン:この世界に最もふさわしい存在なんですね。

ソフィア:幸か不幸か、そういうことになるのかもしれません。

サイモン:ですが彼女はもうここにはいません。2人キリです。

ソフィア:そしてその夢の時間は、もうすぐ終わりの時が告げられてしまう。

サイモン:その瞬間が来るまで……お付き合いいただけますか?

 サイモンはソフィアに手を差し出す。

ソフィア:えぇ……喜んで。


 ソフィアはサイモンの手を取ると、2人は人の渦へと消えていった
 夢の世界の時計は、ゆっくりと秒針が周っている。
 まるで人々が踊り狂っているように。


完結

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