【小説】夢現回廊 ep.2


 午前中はバス移動で、次の街―ミラノに着いて昼食を食べ、それから自由行動になった。この日は季節外れの暑さだった。美術館に寄った後、雑貨店に寄り、それから何か冷たいものが食べたいと話しながら歩いていると、たまたま入った脇道に、半屋外のジェラート屋があった。
 そこでまた、夢を思い出してしまう。Kはあの夢を見たのだろうか。そして覚えているのだろうか。その前に僕の母が言い出した。
「あそこで何か食べましょ」
「いいよ」
「俺もいいですか」
「ええ、もちろん」
 Kの様子を見たが、あまり動揺している感じには見えない。ちょうど先に、同じツアーの他の客が同じ店に来ていて注文していた。
「うっわ、美味そうだな」
 Kは甘い物が大好きだった。いつになく目を輝かせ、チーズケーキ風味のものを―一番小さいカップで頼んだ。僕はメロン味に、母は苺味にした。
 店員がそれぞれを容器に入れていく。まず僕のが、次に母のもの、そして最後にKのオーダーしたものがそれぞれ手元に渡ってきた。支払いは母にしてもらった上、先に椅子に座って食べていたが、何も起こる気配はない。
「はー、生き返るな」
「汗かいたわ。美味しい? それ」
「最高だ。一口いるか?」
「欲しいけど恥ずかしいわ」
 何せ母と同行の相手の前である。ここで恋人のような行為を働くのは御免被る。するとそこに、日本人のツアーガイドが現れた。
「あらあら、皆さんお揃いで……きゃあっ!?」
 瞬間、赤いバイクが彼女の横を猛スピードで通り抜けた。彼女は転び、店員が何か叫んで店を飛び出した。ひったくり、なのだろうか。イタリアでは多いと聞くが。
 だがその数秒後、とてつもない轟音が街に響いた。脳裏にあの文章がまた浮かぶ。

『ひったくりは失敗する』

 その音で、流石に客である僕たちも、カップやスプーンを手にしたまま店の外に出た。少し先で、バイクが電柱にぶつかって倒れていた。人々がざわざわと集まってくる。ナンバープレートは、店から視認できるかどうかギリギリの距離だったが、Kは食べかけのジェラートの容器を僕に預けて、現場へと近付いた。
 僕もその後を追うが、誰かが犯人を押さえたのか、あまりにも騒々しくなったので、Kほど近付きはしなかった。僕はナンバープレートの番号を確認できなかった。
――あいつは、あの中に入って、確認しに行ったのだろうか。
 そのまま、集まってきた人々に、翻訳ができる携帯端末で現地の人に状況を説明しているようだった。ツアーガイドや店員の一人も犯人の元に向かい、やがて警察車両も到着した。
 朝のエスプレッソ然り、この事件然り、起きた出来事は必然なのだろうか。それとも、夢は単なる夢で、この現実はそれとは関係なく、すべて偶然で動いているのだろうか。

 疑念を抱いたまま、時間は流れ、予定より三十分遅れでホテルへのバスは街から出た。口の中のメロンの味が消えるのを感じながら、意識を夕食へと向ける。美食の国・イタリア、食事の時間だけはそれ以外のことを考える余地を与えなかった。
 それも今日は最後の晩餐。明日の今頃は、帰国する飛行機の中なのだ。よく味わっておかなくてどうする。

 また、僕たちは夜の渋谷のスクランブル交差点にいた。
『では、解答を入力してください!』
 ななえちゃんがそう叫ぶ。持っていたタブレット端末に、『回答欄』と表示された。僕はそこに『ζ』と入力し、Kは『168』と数字ボタンを押して、顔を見合わせて送信ボタンを押した。

【正解 次の設問へ】

『皆、正解してくれてありがとうー!!』
 その文字がお互いの画面に表示され、僕たちはハイタッチを交わした。彼女は相変わらず選挙カーの上にいて、ガッツポーズをしていた。
「すげーな」
「いや、こんなもんでしょ」
「ζとか、普通の人は読めねえだろ」
「そうかな」
「お前が特殊なだけだ」
 周りも皆喜んでいるが、どうしてかペアを超えてその喜びを共有することはない。
 やがて画面が切り替わり、僕のそれには『0088』、Kには『0060』の番号と問題が出た。
『0088:明日、そなたは二便の飛行機に乗るだろう。乗り換える空港のスリー・レター・コードを答えよ』
『0060:明日、そなたはシベリア上空を通る長距離便に乗るだろう。窓から一等星が一つだけ見える。その星の名前を答えよ』
 これまた簡単にはいかない問題、に見えるが、僕とKには何ら困難な問題ではなかった。僕はその問題に出てくる用語の意味が理解できたし、Kは天文学に明るい。
『さあ、明日も頑張るんだ! ボクたちならヒーローになれる!』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?