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永田カビさんを「わかる」人が沿道で旗を振り、ゴールテープを切る姿を見届けるけど、誰も代わってあげられない【マンガ感想】

永田カビの新作「膵臓がこわれたら少し生きやすくなりました。」を読みました。

ずっと人間の業のようなものに責められている人が、自分を絞り切って絞り切って吐き出した火の玉のようなゲロのようなコミックエッセイの終わりを見届けました。

冒頭は病院脱出シーンで始まる。
海外ドラマかゲームの導入のよう。
点滴をトイレに隠して、ナースセンターを通り抜け、逃げてしまう。

過去作でも心身ともに痛めて入院していたけど、むしろ気にかけてくれるナースやベッドが与えられてたことで落ち着いたように見えたのに。脱走?
今回脱走すんの!? って、いよいよ大変なことが起きているのがわかる。

永田カビは一作目で、性知識ゼロのアラサーメンヘラ漫画家志望から、レズ風俗で抱きしめてもらうという一生に一度しか書けないタイプの作品でブレイクしてしまった。
家族のことまでさらけ出す、性的な要素のある作品を、親は娘の才能の飛翔とはとらえず、泣かせてしまった。

商業的成功よりも、依存している母に認めてもらいたいから、次は架空の話を描きたいのに、描けない。
夢と現実と才能と…いろんなものが細い作者の肩にのしかかる。一作目があまりにも題材と勢いと若さがあり、なにより「生きづらい人の叫び」が時代をとらえていて、あれを越えるのは難しいと素人にもわかる。

自分の本来やろうとしていたジャンルじゃない路線で売れた人はいる。アイザックアシモフはシャーロックホームズ書きたかったけどSFで評価されたとか。
吉本浩二先生は泥臭いルポ漫画を頑張ったのに、カルピスの濃さをめぐって夫婦喧嘩した人としてテレビに出ていたとか。

漫画家、永田カビも、世に出たのはいいけど、「レズ風俗ルポの人」になってしまった。つぎはフィクションで成功して、母に認めてもらいたかった。

だけど描けない。

生きているだけで罪悪感があるというカビさんを解放してくれるものが酒だった。
27歳まで一適も酒を飲んだことがない人が、24時間酒を手放せなくなり内蔵壊す生活まで一直線で駆け抜ける。
内臓を壊して、さらに入院生活というルポ漫画のネタができてしまう。

新刊でも、酔って寝ておねしょを繰り返す日々、過食嘔吐のスイッチが入るところなどギャグタッチですませず出てくる。
30分待つことができないとか、他人と相槌うつのにせいいっぱいで会話ができないと泣いたり、どれだけ自分が弱くて、生きにくくて、弱点だらけでつらいかをさらけ出す。

点滴引っこ抜いて病院脱走ができたのに、ふつうの会話ができないなんておかしい!
という感想が多数派だろうけど、
わかる!
と思える人が確実にいて、その「わかる」人が沿道で旗を振って、永田カビというマラソン走者を応援しているみたい。

応援する人は「がんばれ」とか「無理するな」とか口々に声をかけてくれるけど、
「気遣ってくれるんなら今から入れ替わって、この折れかけた体で残りの坂道走ってくれますか?」
と名指しされたら、できない。
どんなかたちでゴールテープを切るのかは見たいけど、あくまでも他者として見たい。自分はあんな過酷なレースをやらないですむ側の人生にいる。

執筆中のフラッシュバック等を理由に、カビさんのエッセイはひとまず「終わり」。

正直「これから」を知りたい気はするが、倒れこんでゴールしたランナーに、もっと先まで走れないの、とは言えない。
カビさんほど過酷ではないけど、読者もそれぞれの日常、それぞれの地獄へ戻っていく。それぞれの坂道を走りきるのにみんないっぱいいっぱいだ。


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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。