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【読書日記】ある男

「ある男」 平野啓一郎

私、平野さんの作品が好きだなあ、とやっぱり思う。
まだ3、4作しか読んでないけれど。
私の中での平野さん像はかなりかなーり賢い人。
時々、文章が難しくて、分からなくて、何度か読みなおしてしまう。
文章が難解、というよりも言ってる内容が難解。
私には哲学。
でも、ストーリーも面白いから、読み進んでしまう。
文学的なのに、商業的…が私の中のイメージ。

あらすじ

冒頭、作家が、バーである男と知り合う。
少し話し込んでいくと、本当の彼はバーの人たちに話している経歴とは
実は違うのだという。
彼は自ら、別人になりすましているようだった。
そして、その男は実は弁護士で、昔ある事件で知った「ある男」についての
話を彼に聞かせた…
弁護士である城戸は、かつて離婚訴訟を手伝った理枝から相談を受ける。
実家のある宮崎で、「ある男」と再婚したのだが、その男が事故で死んでしまい、それを男の実家に知らせると、なんとその男は、理枝に名乗っていた「大祐」という人物とは別人だった。
ある男は一体、何者なのか…
自分は一体、誰を愛していたのか…
別人に成りすましていたというその男に、城戸はある種の共感を感じ、
その調査にのめり込んでいく…

感想

『-愛にとって、過去とは何だろうか?…』
城戸は、理枝の死んだ音雄のことを考えながら、ほとんど当てずっぽうのように自問した。
『現在が、過去の結果だというのは事実だろう。つまり、現在、誰かを愛し得るのは、その人をそのようにした過去のおかげだ。遺伝的な要素もあるが、それでも違った境遇を生きていたなら、その人は違った人間になっていただろう。-けれども、人に語られるのは、その過去のすべてではないし、意図的かどうかはともかく、言葉で説明された過去は、過去そのものじゃない。それが、真実の過去と異なっていたなら、その愛は何か間違ったものなのだろうか?意図的な嘘だったなら、すべては台なしになるのか?それとも、そこから新しい愛が始まるのか?…』

私はかなり俗物な人間だから、好きな人の過去も全部自分のものだったらいいのに…と思う傾向があり、
愛情というのは時間の共有だと思っている節がある。
苦労を共にすることで、愛情が深まっていくと…
過去に付き合った人でいえば、その人の過去に嫉妬してしまったり。
私は夫と、10以上年が離れている。
だから、過去の共有のしようがなかった。
いくら早く出会っていようが、私は恋愛対象にならない存在であり、
共有のしようがないから、簡単にあきらめることができた。
でも、同い年だったなら、この先の人生もそれまでの人生も苦楽を共にできたんだろうな、と思うことがあり、
幼馴染というものに並々ならぬ憧れがある。
全てを知っている、という安心感。
夫が語る過去は全て、夫目線で事実のすり合わせが私が関与することではなく、夫が経験したであろう辛い過去も、その場に居合わせて力になれるかどうかは分からない。
夫が経験した辛い過去などを聞いて、想像して、私自身が作り上げた彼のイメージがあり、その人間を愛しているのだとすれば…
その、話していた過去が、事実とは違っていたとして…愛しなおせるのかもしれない。

「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか?一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう?色んなことが起きるから。」

女性目線と、男性目線でこの物語を読んだ感想は違うかもしれない。
嘘をつく、という行為自体が許せない人もいるだろうし、
若かったころは、私も「嘘」を最大の悪だと思っていた。
けれど、その「嘘」が必要な、彼自身を作っていく上で必要な「嘘」だとしたら…?いつかは本当のことを言えたかもしれないが、言えずに死んでしまった「ある男」。
そうしたら、その時点での自分の知ってる全てを愛していくしかないのかもしれないなあ…と、私は思う。

まとめ

「ある男」の本当の姿が解き明かされていく過程、城戸の在日三世という生い立ちに対する自身の感情的変化、そして愛する男の過去…色々と難しい問題が多くて、考えながら何度も読みなおしたり、この文章、どういう意味だろう、と深く考えさせられたり…
ちなみに、平野さんの文章には自分が普段使わない言葉があったりして、いつもはなんとなく飛ばし読みする言葉も辞書をひいてみようとするので、これまた充実した読書時間になる。


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