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母とわたし

自分の心と向き合い始めた時、避けて通れないのが親との関係なのだと知りました。特に母との関係性は、こどもが生まれると強制的に見させられる気がします。

わたしは両親のもとに長女として生まれた。3つ下の弟がいて、面倒をよく見ていたと自分でも記憶がある。だけど、「お姉ちゃんなんだからこうしなさい」と言われたこともなければ、「お姉ちゃん」とさえ呼ばれたこともない(弟もわたしを名前で呼ぶ)。

ましてや叩かれたとか怒鳴られたとか、何かをきつく強制されたとかいう記憶もない。だから、過去と向き合い始めたときに「トラウマ」や「インナーチャイルド」といった言葉を聞いて、そんな大きな傷はわたしにはないと思っていた。

でも、子育てを通じて、どうにもならない苦しさがあった。母に対しても息苦しさを感じるようになった。そこを探っていくと、やはり長女として生まれたことや、小さい頃の思いが影響しているのだとわかってきた。

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(1歳頃のわたし。末っ子に激似)

わたしは年齢よりも身体が大きかったので、母は実際の年齢以上にしっかりさせないといけなかったと話していたことがある。元々の性質もあると思うけど、そういう母の気持ちもあり、わたしは聞き分けの良い、落ち着きのある子だった。

ただただ、わたしは、言われなくてもお母さんの空気や機嫌や思想を察して行動していた。なんの疑問もなく、そうすることが当たり前だった。だから、強制されているなんて思ったこともない。自分でそうすることを選んでいたから。だけど、それを選ぶことで、わたしの本当の気持ちには蓋をすることがたくさんあったのだと思う。

本当はこうしたかった。こう言いたかった。こうしてほしかった。そういう小さなわたしの言葉を拾っていく。出会う度たくさん泣いた。

そうしていくうちに、母と会っても息苦しくなくなった。実家に行く度、母の機嫌をうかがってビクビクしていたのが、いつ行っても母は機嫌が良くなった。(実家がすぐそばなので、お菓子食べたさとゲームしたさにこどもたちが毎日のように行きたがる笑)


さらに書くと、母はわたしが3人産むのに反対だった。母自身が兄と弟のいる3人きょうだいの真ん中っ子で、嫌な思いをすることが多かった、だからお母さんはこどもは2人にしたんだ、とよく聞かされていた。だけど、わたしはどうしても3人欲しかった。

3人目妊娠当時の気持ちはこちら 

https://note.com/minaminomi/n/ned3f379d62e8

こうしたわたしの不純な動機(わたしの価値を高めたい的な)なせいもあり、3人目を妊娠したと伝えた時、母は動揺しているように見えた。少なくとも喜んではくれなかった。(とわたしは感じた)それでも、妊娠時も出産時もその後も母に手伝ってもらって育児をしてきた。そこに心苦しさがあった。お母さんを裏切ったような苦しさ。

だけど、3人きょうだいに対する思い込みやわだかまりは母と祖母の問題。わたしはわたしと向き合うことだけしていればいい。そう思うようになった。母が末っ子を可愛がる姿を見ていると、もう大丈夫だなと思う。母に巻き込まれない自分になれて、ほどよい心の距離感で過ごせるようになったと思っています。

小さい頃の傷ややり残しみたいなことには、今も反応することがあるし、これからもたくさんあると思う。だけどもう十分やったと思っているし、正直なところ、もう過去と向き合うのは飽きてしまった(笑)またかよ!!!もうええわ!ってなる(笑)

今は無理に過去に結びつけようとすることはやめて、【今】の感情や身体の状態にフォーカスするようにしています。原因探し答え探しにエネルギーを消費するのはやーめた。って感じでいます。

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