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映画「30S」感想③~理想の自分になれなくても~

 エンドロールでスタッフの筆頭に真田くんの名前が出てくるところで毎回ジワーッと涙が出てくる。「原案・プロデューサー 真田佑馬」の文字が眩しい。映画「30S」は、真田くんの夢に賛同した大学時代の恩師佐藤監督と、スタッフ、キャスト一同が育んだタカラモノ。私たちもぜひ考察で参加して、作品を育てる一役を担わせていただきましょう。


「考察を楽しんで」 

 とうとう③まできてしまった映画「30S」の感想。ある程度同じ解釈に導かれるようなヒントがもっと示されていればいいのだが、あらゆる意味で自由。

御手洗甲という謎多き熱い男

 財田さんがトークショーで教えてくれたレンカと御手洗のエチュードでわかったが、大学時代告白したのはレンカからであった。また、三山直子は「御手洗と付き合ってると思ってる女」だし、矢崎氏も「ロケット開発事業の月から物質を運ぶ話」をすっかり信じて金を出してしまう。誰もが惹きつけられてやまない男らしい。
 モテモテな御手洗が「俺たちは、同じ日に生まれた。これはすごい事なんだよ。」同じ誕生日の2人に運命を感じていたのは確かだ。御手洗は、嘘を言ったことはないし約束は必ず守る男。タケルが3人のポラロイドを預かり、絶対無くさない場所に閉まっておこうという話になると、御手洗は「夢」と答える。それでタケルは、ギターの中にしまい込んだ。10年の間に2人はすっかり忘れていたが、御手洗は決して忘れていなかった。御手洗って、マジで真田くん。

御手洗と高来さんの共通点

 2人ともまず声がいい。そして、クサい台詞をサラリと言ってしまえる事だ。「僕は君を、守りたいんだ。」は、真田くんのもう1人の恩師がかつて言った殺し文句「僕は死にましぇん」に匹敵する爆発力がある。

3年前に重なるのは偶然か

 タケルは夕美と同棲を始め、御手洗とレンカが別れ、甲とカオルは連絡を取らなくなる。どれも3年前に起こった事だ。
 タケルは結婚を意識して同棲を始めたのだろうが、御手洗は逆にレンカとの結婚はないと思ったから別れを切り出したんだよね?御手洗が別れを告げた時のシラーっとした虚無顔、怖かったよね。いつものお調子者なキャラはどこいった?27才って20代も後半に差し掛かり、そろそろ30才を意識し始める年かなと思う。

御手洗の会社「ストラジテックコンパニオン」

 なんかありそうな名前。矢崎氏に訴えるロケット開発事業の月の物質を持ち帰る話、誰が聞いても詐欺と思える戯言を「今バカにされる事は、必ず本当になる!いつか月に立って見せますよ。」御手洗は本気で言っている。詐欺をしている感覚がないのではないか。
 しかし、さまざまなデータを元に立証したガリレオの「地動説」と、何の根拠もなく「強く願えば本当になる!」という夢の話を一緒にするのは無理があるのだが。

カオルはサブカル男子の理想女子

 服装髪型眼鏡どれを取ってもサブカル男子の夢の具現化を見る思い。何才設定なのかはわからないけど、周囲に壁を作る姿勢のちょっと子供っぽいところも含めてね。実際には弟が2人居る真田くんの、アイドル的な意味での「理想の妹分」に思えてしょうがない。萌え〜である。
 そして、文化祭で三山と待ち合わせをする場面。ただ、カオルに探検ごっこの帽子被せて望遠鏡覗かせて探偵ごっこさせてみたかっただけに思えたのはここだけの話。
 兄探しを終えたカオルが眼鏡をしていないのは、カオルはカオルで一歩大人になった証なのかと思えた。これまでのカオルは、伊達眼鏡を通して周囲を斜に構えて見てた気がして。

薫が矢崎事務所に行くとき着ていた御手洗のポロシャツ

 御手洗、会社で生活していたのかな。住居が出てこなかったのが不思議だった。時々直子の部屋に居候をきめ込み部屋は引き払った後だったのかな。
 カオルは散らかった御手洗のオフィスで、御手洗が大事に取っておいたポロシャツを見つけて、ちゃっかりもらっちゃったのか。

面倒くさいカオルちゃん

 今の御手洗と繋がる数少ない手がかりで、有益な情報を持っている可能性が高く、行方を探すだけなら10年前の親友より余程確かな情報筋なのになぜか三山には敵意むき出しのカオルちゃん。三山が甲の仲間と思っているなら脅す必要はなく、普通に妹だと身分明かして話を聞き出したほうがいいのに。カオル、三山が彼女と勘違いして、嫉妬してんの??三山も三山で御手洗を好きで尽くしていたなら、名乗り出た妹に対してあんな態度取るかなと不思議に思えるシーン。
 また、誕生日当日レンカに「御手洗くんが見えるかも」と天文台の中に入ろうと誘われるのに、なんで「ハァ」って溜息付いて向こう行っちゃったの?夜、ベンチでレンカの隣に座らないのも。壁作ってるから?めんどくせーな。

レンカ

 正直言って、ずっと理解出来なかった。男に振られたくらいでお酒に依存するところが見ていて不快だった。でも何度も見ているうちにやっと、レンカの気持ちが少しずつ理解できるようになったんだよね。「私のことどう思ってますか?」と高来さんに何度も聞くのは、ただ「好きだ」と言って欲しかっただけなのかな?って。「君を守りたいんだ!」とかいう上司みたいな保護者みたいなセリフでは決してなくて。だから「私そんなに弱いですか!守らなれないといけないんですか!」とキレたのかなって。レンカはあくまで男女として同等の立場で好きになって欲しかったんだよね?御手洗と付き合っていた頃のように。
 でもそんな意地を張らずに、最後には素直に高来さんの愛情に甘える事にしたのかと思えた。それも大人になったという事だよね。

気になる映像

 限られた時間内にわざわざ差し込んでくるからにはそれなりに意味があるのだろう。

・「濡れた蜘蛛の巣」
 天文台で過ごす一夜に一瞬映る。夢診断では「蜘蛛の巣の意味する人間関係の心配事や問題など雨が洗い流してくれるようにきれいになることの暗示」だという。蜘蛛の巣がキラキラ輝いて印象的なシーン。
・「赤い風船が手から離れてしまう場面」
 大学の文化祭でカオルが子供とぶつかって、子供が手に持っていた風船が空に舞い上がっていくシーン。結構な尺に感じる。夢やチャンスを逃したことの暗示なのかな。

緒方興信所への依頼したのは誰なのか

 カオルの「兄が見つからなかったときはどうするの?」の質問に「それ相応のダメージとなるでしょう」の意味も不明だし。御手洗が自分の不始末をカオルに押し付けるような迷惑をかけるとは思えない。実は、御手洗が依頼者なのではないのか。だいたい失踪して、興信所が調べた内容が10年前の友達ばかりって時点でおかしい。この数年連絡も取り合ってないなら、甲、今友達居ないの?って話だ。

御手洗の幻影

 三山との待ち合わせの時、甲を見かけた薫が追いかける甲は幻影だと思う。っていうか、視覚的にそうにしか見えない。
 タケルの前に現れた夢の中の御手洗は、10年前の姿だった。タケルはずっと気にしていた事から自らを解放するために「俺がお前の嘘を許すよ。タケルなら大丈夫」と自分の願望を御手洗に言わせた?焚火の中にギターを投じるのも夢を捨てた自分を潜在的に許すシーンかな。
 レンカだけは御手洗の幻見ないのはなんでだろう。もう御手洗が自分の一部になってるとか言ってたけど。

タケルはいつ夕美の妊娠に気付いたのか

 これはほんとうにわからない。「俺たちの歌」って笑うのも怖すぎる。夢の中で御手洗と会って、ビビッときたとしか思えない。

キャストによる考察

 出演した方たちでさえストーリーの解釈がバラバラであることに驚いた。全体のストーリーがわからないまま自分の出演シーンを撮影し、試写ではじめて全体のストーリーを把握するのだから、それが当たり前なのかな。御手洗と近い関係にいるカオル役の新田さんや、レンカ役の財田さん、タケル役の小野さんさえ全く異なる考えを持っていた。映像に見る表情は、本人の意図と関係なく監督が撮りたい像を切り取るものだが、この映画は監督も撮りたいものを無理に撮るのではなく、偶発的に起こるものを柔軟に受け入れながら撮ったから、いまだに何を描いたのか掴めないと仰っている。8/18上映後のトークショーで真田くんは「DVDまで明かしません」と発言していた。いやDVD化は嬉しいけど。もしかしたら二人の間でも意見は一致してないのかな。ノベライズ化しても、セリフはいいけど映像を文章に起こす人は困るかも。

御手洗の行方

 ずっと死んでると思っていた。でも何周も回って、今は、御手洗は生きていて、誕生日に実際に「月に立ってる」のではないかと思いたくなった。ストーリーに続きがあるとすれば、少し先の未来、ニュースが流れるのだ。御手洗が当時は誰も信じなかった未知の方法で、月に到達していた。御手洗は真田くん自身と同じく、ギリギリで夢を叶えていたのだ。「御手洗くん、本当に月に立ってたんだ」と全員が驚く。そして「御手洗くんぽい」で締めてくれるのが理想。「俺、実は教会の前に捨てられてたんだ」の打ち明け話も10年越しにやっと信じてもらえたくらいだし。

 でもそうすると「約束守れなくて、ごめんな」という最初のメールの辻褄が合わなくなるのだが。あのメッセージはカオルが送ってたの?カオルの仕組んだ妄想説と考えたとして、約束さえ忘れていたタケルとレンカには丁寧な態度なのに、ここ最近一番近い位置で一緒に活動してくれていた三山にはなぜケンカ腰なんだろう。三山が御手洗を仲間に引き込んだわけでもないのに謎。御手洗のために行動しているなら、カオルちゃんには三山のケアもしてほしかった。
 カオルとみさきの時系列と、タケルとレンカの世界が、君の名は並みに数年規模で大きくずれてる可能性も考えた。御手洗の会社にはガラケーがゴロゴロ転がっていたし、御手洗に電話する三山のスマホは指紋認証式で、数年前の出来事ではないかと感じたのだ。でもカオルとみさきが行く大学の文化祭に出てくるポスターはしっかり「2022年10月29日」の日付入りだし、興信所の呼び出し時点で御手洗はもうすぐ誕生日で30才ですねみたいなこと言ってたし、まちがいなく同じ世界線だった。

 どうやっても考察は最後に破綻する。事実関係が合わなくなるのだ。御手洗はどこに居るの?って振り出しに戻ってしまう。

 実は御手洗の行方なんてどうでもよくて、"20才のときに想像した10年後の理想の自分にはなれていないし、自分が物語の中心人物でないこと理解するのが30才。でもそんな自分を肯定して生きる"ことを描いた物語だったのかな。この映画の中に立派な人なんてどこにも出てこないからこそリアルに感じられて心に沁みる、やっぱり素敵な映画でした。

DVD内で明かされる真田Pの回答も楽しみである。


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