見出し画像

好きな映画はなに?と聞かれたら

「好きな映画はなんですか?」


 案外すんなりとは答えられない。その答えに、「自分はこういう映画を選ぶような人間と思われたい」というセルフプロデュースが垣間見える気がするからだ。マイナーな作品をあげれば、「こんな作品も知っている自分」に酔っているようで幻滅されるかもしれないし、メジャーな映画をあげれば「映画自体にたいして興味がないつまらない人」のレッテルを貼られるかもしれない。映画はテレビドラマとは違って手軽さがなく「わざわざ時間を取ってその世界観を堪能する」ものだ。趣味嗜好が現れる。結構ハードルの高い質問なのだ。

 好きな人のオールタイムベストは気になる。好みの映画が一致していたらそれ以外の趣味も気が合うようで嬉しい。逆にまったく興味のない人の答えはどうでもいい。いや嫌いな人だったら被りたくなさすぎて、自分の嗜好さえ変えるよう努めるかもしれない。 

 しかし面と向かって好きな映画はなに?と聞かれることはそんなにない。付き合い始めかそれ以前のタイミングで、映画に行こっか!となり、相手の趣味を窺うときだ。

 そんな質問に適した正解の一つが、私にとっては「恋する惑星」だった。一度も観たこともないのに。短髪のボーイッシュな女の子が青いハートがプリントされたピッタリしたTシャツを着ている、よく目にするポスターから、なんとなくオシャレっぽい気がしていた。「恋する惑星」ってタイトルも、乙女っぽくて夢がある。「こういう映画を好む人なのか~」と思われて過不足がなさそうである。なかなか機会に恵まれずにいたが、「シアターギルト代官山」で上映していたので、やっと見られた。


【恋する惑星】1994年
監督・脚本:ウォン・カーウァイ
出演者:トニー・レオン、フェイ・ウォン、ブリジット・リン、金城武

 観る前と後でこんなに印象の変わる映画も珍しいと思った。「恋する惑星」、全然オシャレではなかった。

 冒頭から、金髪クルクルパーマのヅラ被った女がイきり散らかしている。ゴチャゴチャした香港の街並みの狭間で悪事を働いている様子。一張羅のトレンチコートが臭そう。どうやら調子に乗って威張っている間に下っ端にトンズラされたらしい。思わず、ザマァと笑ってしまった。連絡手段はポケベルと公衆電話の時代。簡単にひとを殺してしまう女が失恋したばかりの未練がましい刑事と出会う話。
 オムニバススタイルで、もう一話続く。短髪女がパッとしない警官と出会い、合鍵を使って警官の部屋に不法侵入を繰り返すストーカーになっていく話だ。

 正直言って、こんな内容だったんだって拍子抜けした。トニー・レオンや金城武さんが扮する刑事と警官が振られた女に未練たらたらで情けなくて仕方がない。本人はめちゃくちゃかっこいいのに、この世界観ではショボくれたダサいおじさんにしか見えない。特にいまどきおっさんでも着ないような白ランニングに白ブリーフ姿のトニー・レオンが受け入れられなかった。あの甘ったるいパイン缶を一晩で30個もやけ食いする金城武も無理だったけど。

 ただ、映画の評価とは、見る環境や時期に大きく左右されるものだ。「恋する惑星」に今出会えたことに何か意味があるのだろう。「シアターギルト代官山」は、ゆったりとしたソファに身をゆだね、ヘッドフォンで自分にとって快適な音量で楽しめる素敵な映画館だ。そんな最強の環境の中で見た、思い出深い作品となったことは確かである。


 そういえば、買い物をすると「一番好きな映画はなんですか?」と聞いてくるユニークな古着屋さんがある。私はいろんなことを意識しすぎて、映画通を気取る人がよくあげる、どうでもいい映画の名を告げてしまった。私はちょっと自信過剰が過ぎるのかもしれない。



この記事が参加している募集