映画『ちょっと思い出しただけ』感想

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ナイトオンザプラネットごっこに興じる2人

コロナはエンタメに打撃しか与えてないと思ったけど、逆に活かして作った映画もあるんだね

深夜。
タクシードライバーの葉が東京の街を流している。模様入りの布マスク、オリンピックロゴの入っも車体から、時代は現代だとわかる。照生は部屋でひとり酒を飲みながら、映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』を鑑賞している。そのまま寝落ちして、誕生日の朝を床の上で迎えた照生は、寝不足ながら朝のルーティンを快調にこなして家を出る。
職場に着くとまずは手をアルコール消毒し、検温をして書き込むところも2021年感出てる。照明係の照生は、公演後出演者が楽屋口で舞台の成功を労われている横を、少し気にかけながら通り過ぎる。片付けが終わり、ステージに一人佇む照生。その劇場に、尾崎世界観を乗せた葉がトイレを借りに寄る。葉は、ステージでひとり踊る照生に気づく。

ここから物語は、照生の誕生日を軸に照生の部屋の情景とともに一年ずつ遡っていく。小道具で年を表現する演出が心憎い。結末から知る二人の恋はもどかしく切なくて、鑑賞後改めてもう一度物語を追いたくなる。何度見てもその都度発見があって、結果クセになってしまう中毒映画だった。

製作のきっかけとなった映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』
1992年 に公開された、監督: ジム・ジャームッシュ、脚本: ジム・ジャームッシュ、ジム・ジャームッシュ製作のオムニバス映画。ロサンゼルス、 ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台に、タクシードライバーと乗客の人間模様が描かれる。クリープハイプの尾崎世界観がオールタイムベストに挙げているほど大好きな映画で、オマージュして同名の楽曲制作に至る。
普段からクリープハイプのMV制作に携わっていた映画監督、松居大悟さんがこの曲にインスパイアされ、自ら脚本を書き上げたのがこの『ちょっと思い出しただけ』。あの歌詞をここまで膨らませるのはすごい。ラストに主題歌「ナイトオンザプラネット」が流れるタイミングまで完璧。

映画の中でもその存在感は大きい。照生の寝室の壁の目立つ位置には映画ポスターが飾られているし、ふたりでケーキを食べながら鑑賞するのはもちろんのこと、タクシーの車内で二人は「ナイト・オン・ザ・プラネット」ごっこに興じる。

感情的で、優しい葉
伊藤沙莉さんの魅力あるハスキーボイスがタクシードライバーという役柄に活きている。気の合う者との会話は小気味良く進む。
演劇を少しかじっていた葉は、友達が出演する舞台の初日に見に来て、ダンサーとして出演していた照生と出会う。
友達には言い淀んだ正直な感想を聞かれて、照生が出演者とも振付師とも知らずにダンスが綺麗すぎて合っていなかったと言ってしまう。その後照生の誕生日サプライズまで始まってしまい、気まずくなって会場を抜け出すが、バッグを置いたままオートロックの扉に締め出されてしまったところを照生に助けられる。

葉「いろいろとすみませんでした。」
照「全然大丈夫ですよ」
葉「目が、舌打ちしてます。」
チェッ
葉「完全に舌打ちしました。」
チェッ
葉「それは、もう舌打ちって言ってもいいかもしれない。」
照「しましたっけ、舌打ち。」
葉「クセですか?クセじゃない・・・」
(足で)ダンッ
葉「あ、そういうのもあるんですね。」

若い女性ということで珍しがられるけど、タクシードライバーという職業が好きで誇りを持っている。客に「嬉しいことってなに?」と聞かれると、「成田です。成田空港。」と行き先を答えてしまう、言葉をそのまま受け取る単純な人間だ。不倫相手と家に電話で話している客のサラリーマンにイラつきわざと急ブレーキをお見舞いし、照生のために買ったはずの花束が無駄になると、今日離婚したという男に「これあげます!」「あげるって!」「あげるから!」とごちゃごちゃ言ううるさい男たちを威圧する。合コンの軽々しいノリは嫌いで、初対面の照生には簡単に名前さえ教えなかった。
照生の稽古場に誕生日プレゼントを渡しに来た時には、後輩ダンサーの泉美から大きなプレゼントをもらって嬉しそうに記念撮影をしている照生を見かけると、嫉妬でその場に花を捨て(オイ)、タクシーに戻り渡すはずだったお菓子の詰め合わせをやけ食いする(オイ)。雨の中傘もささず濡れそぼつ男を見かけると、自分が妻を探すから、男にはタクシーの中で待つように促す。
照生がやっと告ろうとしてくれたのに、恋愛映画みたい!と茶化してムードを台無しにする。タクシー運転手の機転で告白は続けられることになっても、途中からキスをして邪魔をする。そのわりに「続けてよ、その話。」と最後まではっきり言わせようとする。照生がケガでダンサー生命が絶たれるかというときには、海の生物が好きな照生に合わせたケーキに「てるおくんファイト」と書かれたプレートを用意し励まそうとする。野原に生える草のように、小さくてもエネルギーに満ちた芯のある女性だ。

照生とはうまくいかなかったが、別の男との出会いが訪れる。
「芸能人と付き合いてー」と心の声をそのまま発する男だった。
強引さに負けて、LINEを交換する葉。
アイコンを照生の愛猫もんじゃにしていた葉は、「猫飼ってるんすか?」と聞かれ、
「今は飼ってないです。向こうが引き取ったから」と答える。
「めちゃめちゃ引きずってるわー、だるい!」と言われ、
忘れていただけだからとその場で変えることに。
もたつく葉に男は、「昭和スカ?」葉「いや平成ど真ん中だわ」
この掛け合いに相性ピッタリ感が出ていた。
「もう忘れて下さいね。俺が毎日LINEしますから」と軽々しく口にする男に、
「返すかわからないけど。」と素っ気なく答える葉。
「夏始まりましたわ。」と男はめげない。

この後二人がラブホに居る急展開にはちょっと笑った。葉ちゃん急にガード緩くなったのか、それほどノリが合ったのか、もうどうでも良かったのか。

繊細な照生
照生には朝のルーティンがある。
1.霧吹きで植物に水やり、そのまま髪も濡らす
2.猫に水と餌やり
3.ラジオから流れる音楽に合わせて体操 クセのある腕回し
4.通勤時道角のお地蔵さんに手を合わせる
5.公園で妻を待つ男に挨拶
このルーティンにも毎年の心の動きが表れているのもこの映画の注目ポイントだった。

床屋の店主に誕生日を聞かれると、昨日だと嘘をつく。今日だったら20%引きだったのにと言われると、おずおずと実は今日なのだと打ち明ける。先輩に眠そうだと指摘され、夜遅くまでひとり映画鑑賞をしていたのに、朝までパーティーをして寝かせてもらえなかったと見栄を張る。悪気なくこういう嘘をちょいちょい言うんだよな、照生。
おしゃれでこだわりの詰まった空間に住んでいる。前の住人が置いていった可能性もあるけど、植物を大切に育てている。アメリカンヴィンテージ「ファイヤーキング」のキンバリーのマグカップをペアで使い、レコードプレーヤーがあって、アナログラジオを聴く。古き良きものを大事にしている人なのかな。
ケーキをチビチビ食べるところも気になる。ダンサーとして太ることを気にしてなのか、構ってちゃんの一面があるのかも。あんな食べ方している人がいたら、「食べ方!」ってツッコミたくなるもんね。
ただ別れの日、最後に葉に手渡されたケーキを食べるときの照生の一口は、男らしく大きい。一人だと、案外あんな食べ方なのかな。ケーキといっしょに誰かと共に過ごす幸せをチビチビと噛み締めているのかも。付き合う前の葉は「誕生日とか気にする性格じゃなさそう。」と言っていたけれど、照生は寂しがり屋で誕生日をひとりで過ごしたくなさそうだ。いつもは一人トリキらしいのに、誕生日には行きつけのバー「とまり木」に寄る確率高すぎだし。葉と別れた後はマスターとマスターの新恋人に祝ってもらってるし。

「照らされる男」(ダンサー)から、「照らす男」(照明スタッフ)へ。

ケーキもガバガバ食べるくらい豪快な男への成長を期待したい。幸せってチビチビ味わっていても逃げてしまう。大口で捕まえなきゃいけないものかもね。

対照的な照生と葉
連絡はしてくるけど、踏み込んでこない照生と、関係をはっきりさせたい葉。
心の声が漏れ出る葉と、「あんたもうちょい出しなさいよ」と言われる照生。
「言わなきゃ伝わらない」という葉と、「言わなくても伝わることもあるだろう」という照生。
2週間連絡をしてこない照生を責める葉と、気持ちの整理がつくまで待ってほしい照生。
二人の価値観は初めから噛み合っていなかった。熱に浮かされている間はズレに気づかないものだけど、何か問題が生じた時、大きな溝となって現れる。

二人が付き合う前、とまり木のマスターは葉から煮え切らない照生の相談を受けて、愛を解いていた。
「愛とは、元々相手に見返りを求めるものじゃない」
「愛は、逃げ道だからいい」
「みんなそんなに強くないんだから」
「誰かが誰かを思って、信じ合って。」
「人と人を繋ぐものは、思いとか、気持ち。」
「言葉にしたらすぐ壊れる」

照生と葉。
始まる前から、この恋の結末は暗示されていた。

幻に終わるプロポーズ
別れの場面を見てしまってからいちゃいちゃ時代を見るのがこの映画を切なくさせる一因だ。たった一年でこんなにすれ違ってしまうのかと驚く。
でも葉があんなに余裕がなかった理由も、来年の誕生日にプロポーズするかもと匂わされていたからだと納得する。
葉はその言葉を信じてずっと待っていただろうに。2週間連絡なしからの、「あなた、映画スターにならない?」なんて照生に「ナイト・オン・ザ・プラネットごっこ」を仕掛けられても、乗れるわけがなかった。
いや照生の立場もわかる。照生は一世一代の大事な局面を迎えている。ダンサーが今後ダンスを踊れなくなる辛さは当事者にしかわからない。自分のことで精一杯で、去年プロポーズほのめかせていたことも忘れていたか思い至らなかったか。まあ思い出していたとしても、自分の未来も見えないままプロポーズなんてできないよな。照生、かっこつけだし。
葉に「気持ちわかるよ」とか、「別な職業に就いている照生くんのこと想像できるけどね」なんて軽々しく言ってほしくなかったはずだ。

察して欲しい男と、はっきり言われなきゃわからない女は口論も噛み合わない。
二人は、お互いまだ好きなまま、ただ相手を思い遣る余裕はなく、別れるつもりもなかったある日突然終わった。

尾崎世界観の存在
出会いの日から二人の世界に交わってくる尾崎世界観の存在は見逃せない。
シャッターの下りた商店街。ビールを飲みながら歩く二人はやがて踊りだす。二人の傍らにはギターを鳴らし歌う世界観の姿が。
照明スタッフに転じた照生が尾崎世界観率いるバンドのライブの照明を担当するし、現代では葉が運転するタクシーの乗客としても登場する。コロナでライブが中止になったことを愚痴っていたから、アーティストとして成功を収めた様子もうかがえる。
尾崎世界観、キューピットの役割を果たしているのかなと思って、二人の未来に続きがあるのかと淡い期待をしちゃった。

照生の後輩ダンサー泉美ちゃん
河合優美さん、いいですよね。『佐々木、イン、マイマイン』『女子高生に殺されたい』でも難しい役どころを演じていた旬の女優さんですけど、こんなにダンスが踊れる方だったんですね。舞台慣れした魅せ方も完璧で人を惹きつけて病まない秘密がわかった気がしました。高校生で年の離れた照生に片思いしている姿も可愛かった。その後成人して再会し、新しい彼氏も出来て吹っ切れた様子は頼もしく、やがて舞台のメインを任されるほどのダンサーに成長して、照明スタッフとなった照生には気付かないところに厳しく哀しい現実が表れていた。

ちょっと思い出す相手
心の奥底に大切にしまわれている人って誰しも居る。6年という月日は、出会って、蜜月期を過ごして、すれ違って別れて、転職して、新しい出会いがあって子が生まれるくらいに、長い。うまくいかなかった恋ほど心に残っていて、あの時ああしていればと想像したところで、あの時ああしていてもきっと別れる運命だったと冷静に判断できるくらい成長している。顔を合わせることはなかったけれど、二人は3年ぶりに再会して、楽しかった日々と素直になれなかったあの頃の自分を思い出す。引きずっていた苦い記憶も整理がついたような象徴的なシーンで終わるのが良かった。

再び劇場で鑑賞できる機会があるんですね。目黒シネマでは7月16日から1週間『ナイト・オン・ザ・プラネット』との豪華二本立て!22日最終日は監督のトークショー付き!これは観に行くしか!!

https://twitter.com/choiomo_movie/status/1539521851033935872?s=21&t=QAFnitHJDl6kbBWpxwKvkg

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