《小説》GINGER ep.2
ep.2 天才
「別に貶そうと思って言ってるんじゃなくてさ」
気まずい空気が流れていても、神代は至って冷静に言葉を並べていく。
音澄はずっと信じられないって顔で、私の右腕をさすっていた。
「誰がどう聞いたって絵麻を貶してるようにしか聞こえないっつーの」
「違うよ。量産型になっちゃうのは勿体無いなって話」
「余計なお世話だわ。ねえ?絵麻」
量産型。
そっか、私、量産型になれてるんだ。
「絵麻?」
「私って量産型に見えますか?」
神代は、音澄から私へと視線を移して、少し首を傾げた。
「君と似たような格好の女子はいっぱいいると思うけど」
「良かった」
隣で私を慰めていた音澄が、今度は私の方を見て驚いた顔をした。
ずっと冷静な顔だった神代も、少し顔をしかめた。
「今、良かったって言った?絵麻、量産型って褒め言葉じゃないよ?分かってる?」
「うん。でも、今の私には褒め言葉なの」
「どういうこと?」
「私、大学でね、そばかす隠さずにいたら、話した事もない女の子達に、メイクくらいしろってすれ違いざまに言われたの。それからメイク始めたら、女の子とコスメの話もできるようになってきて、ずっと憧れだった人からも声かけてもらえるようになって、あ、あとね、その人が、良い匂いだって香水も褒めてくれたの。だから、普通になれてるなら良かったって」
凄く、恥ずかしい。
誰にも話をした事のない事実を初めましての人に言ってしまった事が恥ずかしい。
それなのに、神代に話したら何か変わるんじゃないかという根拠のない期待が湧き出てくる。
真っ直ぐに私を見る彼の目は鋭くて、思わずまた下を向いてしまった。
神代は持っていた制作用の荷物を音澄に預けると、私の手を引いて歩き出した。
「ちょっ、おい、神代、どこ行くの!てか荷物!」
「姫川、今日はこれで解散。小鳥さん借りてくわ。荷物よろしく」
「はあ?もう!」
状況が掴めない音澄を置いて、神代は私の手を引いてどんどん進んで行く。
「神代!絵麻に変な事したらぶっ飛ばすからね!」
「しないわ」
「お、音澄!」
大荷物になってしまった音澄がどんどん小さくなって、私はようやく進行方向に顔を戻した。
手を引く神代は真剣な顔をしている。
「あの、ど、どこに行くんですか?」
「良いとこ」
「良いとこ・・・?」
連れて行かれるがままに、10分程歩いて、彼の足がようやく止まったのは、立派なログハウスの前だった。
「素敵なログハウス」
「俺のアトリエ」
「アトリエ?」
「そう。どうぞ、入って」
神代は赤みがかったドアをゆっくり開けて、私に手招きをした。
恐る恐る足を踏み入れると、それに合わせて神代が明かりを付けた。
ふわっと明るくなったアトリエには沢山の絵と、大きな花のオブジェが並んでいる。
「凄い・・・これ全部、神代さんの作品?」
「まあね。怜生でいいよ。同い年なんだし」
「あ、うん。じゃあ、怜生さん」
「うん。そこ、ソファー使って。飲み物入れてくる」
一人掛けのソファーが小さなガラスの丸テーブルを挟んで二つ向かい合っている。
オレンジブラウンと深緑。
なんてお洒落な物選びだろう。
こだわり抜かれた雑貨や小物、天井からぶら下がった照明と、色々な形、大きさをしたスタンドライトが部屋をぼんやりと照らして、もうこのアトリエ自体が一つの作品のように見えてくる。
私は、オレンジブラウンの方に腰掛けて、少し背筋を伸ばした。
「そんな緊張しないでよ」
トレーにティーカップとポット、焼き菓子を乗せて神代が戻ってきた。
背の高い美男子がこの部屋を歩いているだけで、とても絵になる。
神代の綺麗な手が、丁寧にトレーをテーブルへ下ろした。
「急に連れてこられて緊張するなって方が無理よ」
「確かに、それは悪かった」
そう謝りながら、深緑のソファーに彼は座って、ティーポットを持ち上げた。
「音澄があなたの作品は天才って言ってたけど、本当にどれも凄いね。あのオブジェ達も作ったの?」
「うん。祖母がやってる花屋の花だよ。綺麗でしょ?大きい会社の建物のロビーとか、カフェとか、色んな所からオーダーもらって作ったやつ。もうすぐ納品なんだ」
「そうなんだ。不思議な絵もいっぱい。センス抜群だね」
「ありがとう」
ティーカップに注がれたのは、今朝、祖母が入れてくれたものと同じだった。
「ジンジャーティー?」
「あ、嫌いだった?悪い、ここ来る奴にはいつもこれ出してるから、つい。他のもあるけど?」
「ううん。好きだから大丈夫。これ、おばあちゃんが良く作ってくれるの」
「へえ。俺もばあちゃんに教えてもらったよ。昔体弱くて、風邪ひかないようにって作ってくれた。奇遇だな」
「うん。初めてかも、同級生でジンジャーティー好んで飲む人に出会ったの」
「そうだな。出会った事ないな」
ジンジャーティーを注ぎながら、今日初めて神代が笑った。
綺麗な顔に柔らかさが加わって、なお眩しい。
「こんな素敵なアトリエ作れるって、怜生さん家、お金持ちかなんか?」
「失礼だな。俺はもう自分でしっかり稼いでるよ。ここ、元々父親が使ってて、譲ってもらった。インテリアはほとんど父親の」
「お父さん、随分お洒落な人なんだね」
「そうだったらしいね」
「そんな他人行儀な」
「俺が生まれてすぐ、親は離婚して、物心付いた時から母親と二人暮らしでさ。俺が絵をやりたいって言ったら、父親のアトリエがあるって教えてくれて、高三の時に父親と再会した。そん時にはもう話が出来ないくらい父親の病気は進行してて、アトリエをやるってだけ約束してくれて、その数日後に死んだ。だから、父親の事はよく知らないんだよ俺」
「ごめんなさい。辛い話させちゃって」
「大丈夫。思い出も何もないし、血が繋がってるだけで、ほぼ他人だから」
彼も、初めましての私に自分の話をしてくれた。
他人に興味なんて抱いた事ないのに、どうしてこうもこの人の事は知りたくなるんだろう。
「そんな事より、俺は君に聞きたい事が色々あるんだよ」
ティーカップを置いた神代は、背もたれに寄りかかってまた鋭い顔をした。
私は、緩めた体に力を入れた。
「は、はい」
「好きな男ってのはさ、君の事なんて言ってるの?」
「良い匂いがするって。あ、あと一緒にいて楽だなって言われた!」
「へぇ…」
神代の顔がどんどん険しくなっていく。
「気さくで良い人よ。誰にでも優しいし、かっこいいし、盛り上げ上手だし」
「誰にでも優しい男は信用ならない」
「ええ…そんな…」
「大体その香水好きな香りなの?君」
「本当はもっと甘いやつが好きだけど、一般受けはこっちかなって」
「そうだろうね。小鳥さんのイメージに全く合ってない。彼は全然、君の事分かってないな」
「っていく、別に関係ないじゃないあなたに」
「さっきも聞いたけど、そのスタイル、本当に好きでやってる?」
何故か神代は全く引き下がらず、ズケズケと踏み込んでくる。
「好き、ではないけど、周りから浮くよりは良いかなって」
彼は、今度は大きな溜め息をついて天井を見上げた。
そしてすぐに、私に向き直り、前のめりになって言った。
「あのさ、そもそも量産型になったって、君は浮くよ」
衝撃的な言葉に、ティーカップを落としそうになって、私は机にそっと置いた。
ボロくそ言われて、傷だらけになった私はもう心が折れかけていた。
「やっぱりどんなに頑張っても不細工はどうにもならないんだ」
「え、何言ってるの?」
「だって、あなたが散々遠回しに不細工って言ってるんじゃない!」
「そんな事一言も言ってない」
「じゃあ何なのよ」
「魅力的だってずっと言ってる」
「はい?」
「見た感じ、身長170㎝はあるよね?顔も整ってる、髪も傷んで無い、体型も悪くない。どう考えたって他の女子からは飛び抜けてるでしょ」
え、褒められた?
「それなのに、量産型な女子に埋もれようとして、挙句、君の本当の綺麗な部分に気付きもしない男の為に着飾って、やってらんないわね。私があんただったらそんなしょうもない生き方してないわよ」
「ん?」
「え?」
聞き間違い?
下を向いて聞いていた私は、顔を上げて神代に視線を移した。
神代は、やってしまったという顔をした後、背もたれに寄りかかって何事もなかったかのようにジンジャーティーを飲んだ。
「はー、やだ。隠してたのに、腹立って出ちゃったじゃないの」
固まっている私を無視して、神代は続けた。
「ちょっとそんな顔しないでよ。どこで言おうか探ってたらタイミング失っただけで、別に騙そうってわけじゃ無いのよ?ただ大学でも、姫川にもまだカミングアウトしてないから、っておーい、小鳥、生きてる?」
「え、あ、はい、生きてます!ごめんなさい、びっくりしちゃって」
「こちらこそ、ごめんびっくりさせて。待って、戻すから」
首を回し、肩を回し、咳払いをして深呼吸をする神代が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。
「え、何?」
「そのままで、いいよ怜生さん」
「いいの?キモくない?見た目しっかり男なのに、話し方こんなんで」
私は、複雑そうな顔の神代の手を取った。
「大丈夫。だって、それがあなたでしょ?」
神代はほっとしたように優しく笑って、私の手を握り返す。
「絵麻、あんたやっぱり見た目通り良い女だわ」
「ありがとう」
「で、絵麻、本当の自分ちゃんと見つけたくない?」
「見つけたい!」
「よし、じゃあ私が、絵麻の本当の美しさ引き出してやるわ。とりあえず、着てる服全部脱いで」
「え?」
「何?」
「ちょっと待って、流石に初対面で裸は見せられないです!」
「馬鹿ね、ここで脱ぐわけないでしょ」
「怜生、先に言わせて。あなた大事な事言わなすぎ」
「それ姫川にも良く言われる。ごめん、慣れて」
「ええ・・・」
怜生は意地悪に笑いながら、立ち上がって、奥にある部屋に入っていった。
何が始まるのか、不安になりながらも、新しい世界に入ったような高揚感で胸が高鳴っていた。
ep.3 プロデューサー怜生
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