《小説》GINGER ep.6

ep.6 優しい夜を 怜生編



「落ち着いた?」



ジンジャーティーと冷やしたタオルを絵麻に手渡しながら、彼女に問いかける。



「うん。ありがとう。ごめんね迷惑かけて」



「良いって。で、どうしてこうなった?」



ジンジャーティーを一口飲んだ絵麻は、カップを机に置いてタオルを手に取った。
そのまま目元に当てて、ゆっくりと口を開いた。



「私らしくないって」



「え?」



「そんな派手な格好、小鳥ちゃんらしくないよって言われた」



腹の奥底で、何かが蠢くような、気持ち悪い感じがする。



「正しくは、聞いちゃった、だけどね」



「何それ。陰で言われてたって事?」



「うん。たまたま、女の子達と彼が話してる所見つけちゃって、私の名前聞こえたから隠れて聞いてたの。意外な方向にイメチェンしたよねって女の子達が言っててね、褒められてるんだって思って安心して静かに去ろうとしたら、頑張ってる感あるとか、目立ちたいのかなとかその後色々逆の事言われちゃってるのが聞こえて、動けなくなって」



絵麻はタオルを目元から外して、膝の上でぎゅっと握り締めた。



「別にね、女の子にそう言われるのはもう慣れたの。どうなったって何かしら言われるし。でも、彼が最後に言ったの。小鳥ちゃんらしくないって。もっと大人しくて上品な方が私らしいって」



会った時からずっと思っていた。
彼女の魅力を落としているのは誰なんだろうと。
それが絵麻自身なら、いつか自分で目覚めるだろうと放って置いたと思う。
”憧れの王子様”の話がずっと引っかかっていたのは気のせいではなかった。



「はあー。だから言ったじゃん。見る目のない男だって。大体陰でコソコソやってんのもダサい。何がらしくないだよ何にも分かってない。取り巻きの女達も、この美しさが分からないなんて目ん玉腐ってんじゃないの?」



ここまで言ってやっと絵麻に少し笑顔が戻った。
彼女の座るソファーの肘掛けに座って、絵麻の流れた涙を親指で拭った。



「でも、ごめん。せっかく絵麻が自分で見つけた環境を壊すような事しちゃったね」



「ううん違うよ!私は今の自分の方が断然好きだもん!ただ、好きな人には、お世辞でも綺麗だねって言われたかった」



「そうだよね。分かるよ」



自分のソファーに座り直して、一息付く。
いずれ話さなくてはいけないと思っていた話をするタイミングが、今、来ているような気がして、背筋を伸ばした。



「俺も高校生の時にすごい好きな人がいたよ」



下を向いていた絵麻が顔を上げた。



「男の子だけどね。三年間同じクラスの同級生でさ、誰にでも優しくて、勉強も運動も良く出来る人だった。俺も最初は憧れだったよ。こういう人になりたいって」



「うん。私もそうだった」



「だよね。そこから恋心に変わるのって割と簡単でさ。でも、彼はノーマルで、おまけに可愛い彼女がいた。だから気持ちは隠して、一番の仲良しってポジションを貫いて、卒業したらもう会わないつもりだったんだよ」



「うん」




「でも、高三の時に、二人が別れたって聞いて、彼に理由を聞いたら、彼女本当はお前の事が好きだったんだって言われて。ほんと意味分かんなくてさ。俺は彼女に全く興味なかったし、好きな人がいるってだけ二人には伝えてたから、彼女が俺を諦めて選んだ相手がその彼だったなんて、こんな一方通行な三角関係ある?」



「ドラマみたいだって思うよね」




「そう。でね、ずっと彼女の事が羨ましかったからさ、それ聞いて彼女に腹立って。だったらもっと早くポジション代わってくれよって、俺の方が彼女よりお前の事好きだったよって彼に言っちゃったんだよね。勢いって怖ーい」



大袈裟に背もたれに寄り掛かると、絵麻は反対に前のめりになって聞いてきた。



「それで、その、何て返事もらったの?」



「付き合えないけど、そういう行為はやってみなくちゃ分かんないから、やってみる?って言われた」



「うわっ何それ」



絵麻は有り得ないって顔で、タオルで膝を叩いた。



「今思えばね、ガッカリな返答だけど、その時の俺はどうにかして友達以上になれれば良いって、それで頭いっぱいだったから、受け入れたんだ。まずはデートして、手まで繋いでくれて、本当に楽しくて、気持ちなんかなくても幸せだった。中途半端な関係のまま、卒業間近になって、ちょうどその頃父親が死んでさ、葬儀にも一緒に来てくれた。終わった後このアトリエに二人で来て、優しく抱きしめてくれて、初めて夜を過ごしたんだけど」



冷めてしまったジンジャーティーを多めに飲み込んだ。



「次の日の朝、もう彼は隣に居なくて、それっきり連絡も取れないし、会えてない」



「え?」



「まあね、正直、夜を過ごしたって言っても、やっぱり無理だって断られて、気まずくなって、ただ一緒に同じベッドで寝たってだけなんだけどさ。結局彼はノーマルで、優しさで付き合ってくれてただけだったわけよ」



「そんな・・・」



「もう引きずってないし、思い出だわって感じだけどね」



「そっか。ありがとう話してくれて」



「どう?憧れのプリンスの事吹っ飛んだ?」



「正直、私の話は可愛いもんだなと・・・」



「はははっ。いやさ、恋愛の傷って割とふとした衝撃とか、しょうもない事で吹っ切れたりするもんだよ。俺はそれが絵麻だった。絵麻とこうやってファッションもメイクも恋バナも共有出来て、物凄く楽しい」



「私も。私も、怜生といるの凄く楽しい!怜生いなかったらもっと落ち込んでたと思う。ありがとう」



もう潤んだ目も元に戻って、いつもの柔らかい顔に戻った絵麻が照れ臭そうに笑う。
絵麻のこうやってすぐ素直に言えてしまうのも、表情に全部出てしまうのも、男には刺激になりそうだと、過保護な自分が言うので、釘を打つことにした。



「うん。あ、あとついでに、どうせ気になってるだろうから言っとくんだけどさ、俺、基本は恋愛対象女の子だからね」



「え?そうなの?」



「好きになった男は一人。女装も趣味なだけで、話し方変わるのは女装モードの時だけ」



絵麻は背もたれに頭を預けて、天井を見上げた。



「やっややこしい!」



「慣れて」



「慣れてで片付ける癖もどうにかして欲しい・・・。でもそっか。怜生は人を見た目とか性別とかそういうので見てるんじゃなくて、その人としてちゃんと見てるんだね。すごいや」



どうやら打った釘は刺さってないらしい。



「うん、まあ、そうだね。だから、安易に男と仲良くなりすぎないように。良い男ばかりじゃない。俺が危ない奴だったら大変でしょ」



「怜生は友達だもん。大丈夫」



自分の中の過保護が頭を出して、それをそっと押し戻す。
お友達として見張っておくとしよう。



「ふふっ。まあいいや。で、本題に戻るけど、絵麻は結局どうしたいの?その彼との事」



天井を見上げたまま、絵麻はフーッと息を吐いて、勢い良く姿勢を正した。
そして、残りのジンジャーティーを飲み干して、カップを置いた。



「好きな気持ちも、悲しかった気持ちも全部伝えたい」



「ほう」



「ついでに怜生にお願いもある」



「え」



「頑張るから、綺麗にして欲しい」



真剣な顔で頼んでくるから、少し後のめりになる。



「良いの?俺好みみたくなるけど」



「うん。良い。だって怜生が一番私の綺麗を知ってるもん」



「分かった」



「それと・・・」



「まだあるのか」



「つ、付いてきてくれない?」



「ん?」



「遠くに居てくれたらそれでいいから!だめ?」



完全に、過保護が顔を出して、行ってやれと言う。
数秒悩んで、付いて行く事にした。



しばらく話し込んで、その憧れの王子様と会う約束までとりつけ、絵麻は帰って行った。
彼女が帰った後、どんな服を着せようか、どんなメイクにしようか、彼女が王子にどうにか気に入ってもらえるように、考えた。
高校生だった自分が、大好きな人の恋が実るように根回ししていたあの頃が蘇ってくる。



【好きじゃんそれ】



姫川の言葉がよぎって、小さく振り払った。





数日後、憧れの王子様との約束の日がやって来た。



朝10時。
絵麻がアトリエに到着して、メイクを始めた。



「ねえ、怜生。まさか、その格好で行くの?」



「うん。何で?」



「いや、流石に・・・」



既に自分の支度を済ませていたので、嫌がられてしまっては困る。



「女友達の設定で行くつもりなんだけど」



「美しいが過ぎるんじゃないかな」



焦って説得の内容を考えた時間を返して欲しい。



「そっち?なんだ、女装が嫌なのかと思った」



「そんな事言わないよ!」



ヘアセットも終えて、完成した絵麻は相変わらず輝いている。
腹を括った今日の彼女は一段とさらに魅力的だ。



「うん。完璧」



13時25分。



絵麻の大学の近くにある大きな公園で、絵麻は憧れの王子様と合流した。



あまり人通りのない場所のベンチに二人が腰掛けたので、ぎりぎり声が届く距離にある桜の木に隠れて見守った。



先に口を開いたのは王子だった。



「小鳥ちゃん。最近イメージ変わったよね。どうしたの?」



思ったより早く本題が来てしまって、自分の中の過保護が暴れ出しそうになる。
でも、そんな心配はよそに、おどおどして、背筋の曲がった絵麻はもうそこにはいなかった。



「やっと自分が好きな自分を見つけたの。前までは、周りに合わせて頑張ってたんだけど、これが自分らしいかなって。どう、かな?」



「俺は、前の小鳥ちゃん好きだったけどな」



「え?」



「上品で、クールで、一人でも生きていけますってくらい堂々としててさ。だから、仲良くなってみたくて、見つけたら声かけてた」



絵麻はそんな気持ちで大学に行ってたんじゃない。



「私はそんなに強い人間じゃないよ」



「そう?大学の女の子達も一匹狼って感じで良いなって言ってたけどな」



なりたくてそうなったんじゃない。



「なりたくてそうなってるんじゃない」



「え?」



もう、自分の中の過保護は過保護では無く、また自分の大事なものを傷付けられた時の怒りに変わって、気が付けば二人の前に飛び出していた。



次回ep.7 涙の味 絵麻編

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