《小説》GINGER ep.7

ep.7 涙の味 絵麻編



「女の子達も一匹狼って感じで良いなって言ってたけどな」



彼から発せられる言葉が、悪気の無い褒め言葉だと受け入れるのに、そう時間はかからなかった。
けれど、水瀬君の知らない女の子達の顔を知っている私は、喜べるはずもなく、自分でも驚くほど低くて冷静な声が出た。



「なりたくてそうなってるんじゃない」




「え?」




「私は、誰よりも寂しがりで、臆病で、自分に自信がなくて、勉強する事でしか自分を認められない弱っちい人間だよ」



そこまで言って、急に身体が震え出す。
きっと困った顔をしているんだろう水瀬君を見るのが怖くて、下を向いたままでいた。



どちらも口を開かないまま、しばらく沈黙が続く。
どう切り出そうか、迷っていた時だった。



「すぐ下を向くな」



ピリッとした優しい声がして顔を上げると、隠れているはずの怜生が立っていた。



「怜生、何で」



「おい、そこの男。聞いてりゃ適当な事ばっかり言いやがって、何様だよ」



「ちょっ、ちょっと怜生」



私には目もくれず、冷たい声で怜生は続けた。
綺麗な顔が放つ冷たさは、一瞬で空気を凍らせていく。



「あんたが褒め言葉だと思ってるそれ。あー、前の方が良かったって言うそれ。普通に傷付くから。分かる?何でも素直に言えば良いってもんじゃないの。せっかく好きな自分見つけたのに、あんたにそんな事言われたら」



「へえ、お前か。小鳥ちゃん大変身させたの」



怜生の言葉を遮って、水瀬君が口を開いた。
見たことのない彼の表情に、また身体が震え出す。



「だったら?」



怜生は一切怯む気配もなく、真っ直ぐに水瀬君と向かい合っていた。



「この際だから、ハッキリ言うよ。みんな今の小鳥ちゃんは、モデル気取りで痛いって言ってる。お前のせいで、負わなくて良い傷を小鳥ちゃんが負ってるんじゃないの?」



やっぱり褒め言葉なんて言われていないんだと、鼓動がどんどん早くなって、耳の辺りが熱くなる。



「だからあのまま、好きでもない自分演じて周りに合わせて頑張れって、あんたは言いたい訳?」



「せっかく一人から抜け出せたのにまた逆戻りじゃんか。俺は小鳥ちゃんを守りたくて」



「は?守るなら今の姿でも守ってやんなよ」



止まらない二人の口論は、ヒートアップしていく。



「ふ、二人ともストップ!ストップ…」



ようやく二人の視線が私に向いた。



「ありがとう。二人共、私の為を思って言ってくれてるんだよね。嬉しいよ」



私はベンチから立ち上がって、怜生に大丈夫と合図を送ってから、水瀬君の前に立った。



「水瀬君。私、初めて水瀬君の自主映画を見てから、ずっとあなたのファンだったの」



「え?」



「サークルに誘われて、夢に向かう水瀬君を見てたら、かっこよくて素敵だなって思って、気付いたら好きになってた」



水瀬君は真っ直ぐに、私の目を見ながら静かに聞いてくれた。



「でも、想像以上に水瀬君は人気者で、私は入学当初から、女の子達に避けられちゃうような人間だから、水瀬君に迷惑かけたくなくて、冷たく接して距離を置こうとしたの。それでも、話しかけてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」



「迷惑なんてなかったのに」




「うん。今は、私がみんなから嫌われるのが怖くて逃げてただけだと思う。だから、こうやってなりたい自分になれて、少し自信もついてきて、水瀬君の隣にいても堂々といられるって思ってた」



怜生がそっと私の背中に手を添えて、力をくれる。
私は深く息を吸って続けた。



「だから悲しかった。前の方が、前の臆病な自分の方が良かったって言われて、凄く落ち込んだ。水瀬君には、お世辞でも良いねって言われたかった。でも、私が一人にならないようにしてくれようとしただけだったんだよね?」



水瀬君は、複雑そうな笑みを浮かべて、ゆっくり立ち上がった。
そして、私の右手を取り、また真っ直ぐ私の目を見た。



「俺が小鳥ちゃんの自信を奪ったんだね。ごめん。変身した小鳥ちゃん、俺は凄く綺麗だと思ったよ。本当に。でも、どこか遠くに行ってしまうような気もして、周りの言う言葉使って、留めようとした」



「え?」



「どんな小鳥ちゃんでも、自分を信じて進んでいくの、誰よりもかっこいいよ。きっと、小鳥ちゃんより先に俺の方が小鳥ちゃんを好きだったと思う」



突然の告白に驚いて、怜生の方を見ると、まだ納得いかない顔をしたまま黙って聞いていた。



「まだ、間に合うかな?」



想定と違う出来事に少し戸惑いながらも、もう私の気持ちに迷いは無かった。



「ごめんなさい」



「そうだよな。ごめん」



水瀬君は私の手を離して、怜生の方を向いた。



「彼女は、小鳥ちゃんの友達だよね?」



「彼女…あ、うん、怜生って言うの。大事な友達だよ」



水瀬君は、怜生に頭を下げた。



「何も分かってなかったのは俺だった。酷い事言ってごめん」



「私は良いよ。一番傷付いてるのは絵麻だから」



「そうだな。小鳥ちゃん、本当にごめんな」



水瀬君も、怜生も、穏やかな優しい顔に戻って、私に笑いかける。



「うん。もう大丈夫。二人共、ありがとう」



「じゃあ、俺先に帰ろうかな。小鳥ちゃんまた学校でね。怜生ちゃ、怜生君かな?小鳥ちゃんの事よろしく頼むよ」



そう言って水瀬君は、いつも通り爽やかに走って行った。



「え、アイツ怜生君って言った?」



「言ってたね」



「え、バレたの?こんな完璧なのに?バレた事ないのに?」



「怜生、友達の範疇超えてたもんね」



「うるさいな。帰るよ」



照れ臭そうに先を歩く怜生の背中を見ながら、ほっとした気持ちと、恋が終わってしまった寂しさで、気持ちが溢れてくる。



「泣くくらいなら、何で付き合わなかったの?」



「怜生が、どんな絵麻でも守ってやれって言ってくれた時に、私、そういう人とちゃんと恋人同士になりたいって思ったんだ」



「ふーん」



「私、怜生みたいな人と付き合いたい」



「え?」



怜生が目を見開いて振り返る。



「ん?」



直ぐに意地悪な顔をして、怜生はまた前を向いて歩き始めた。



「あ、そう。まぁ、そんな簡単に見つからないだろうね」



「そんなぁ」



怜生を追いかけながら、私は涙を拭いた。
きっと一人だったら、まだあのベンチで泣き崩れていただろう。
もしかしたら、水瀬君の問いかけに応えていたかもしれない。



この日流した涙は温かくて、また新しい自分への道標になる味を残した。



ep.8 優しい夜を 絵麻編



















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