《小説〉GINGER ep.5

ep.5 涙の味 怜生編



「神代」



背後で何やら殺気を感じる。
振り返ると、怖い顔で腕組みをした姫川音澄が立っていた。
雲一つない青空と強すぎる太陽の日差しをバックに立つ彼女は迫力がある。



「おはよう姫川」



「おはようじゃないわ。あんな大荷物持たせといて、結局戻って来ないし、アトリエ行ってもいないし、絵麻連れてどこ行ってたのさ!」



「忘れてた」



「最低。おかげで今日の荷物もこんなに多くなったし、許さんマジ」



「すまん。ま、説明するから座れよ」



「悪いと思ってなさそうだなその顔。腹立つわ」



大学の中庭にある古びた白いベンチに座ったまま、乱暴に渡された彼女の荷物を受け取る。
隣に彼女を座らせて、先週あった出来事を全て話した。
勿論、女装で出掛けた事は内緒で。



「つまり、絵麻の垢抜け作戦をしてみたくなって、私を置き去りにして、コーディネートしたらあまりにも彼女が綺麗になったもんだから、夜の街に連れ出した、と?」



「何か言い方に棘があるんだけど」



「だって、あの絵麻がノコノコ初対面の男子について行くなんて想像できないんだもん」



「あいつは意外と行動派だと思うけど。自信がないだけで」



「うーん。でも確かに、そう言われるといざって時に行動するのって絵麻だったなあ。そっかあ。絵麻がモデルかあ」



姫川は腕を組みながら、ベンチの背もたれに寄りかかって頭を後ろに倒した。



暖かくなってきた風が、伸びた前髪をサラサラと揺らす。



「姫川、あいつの好きな奴がどんな奴か知ってる?」



「あー、憧れとか言ってた人?昨日初めて聞いた」



「そう」



怖い顔だった姫川が、何か企んだような、意地悪な表情に変わる。
こちらの顔を覗き込んで、ふーんと言った。



「何だよ」



「神代、絵麻みたいなのがタイプ?」



「それはない」



「だってさ、おかしくない?初対面の女の子のコーディネートして、おまけに夜のデート。絵麻の好きな人も気になる。好きじゃんそれ」



「俺の恋愛対象、男だから」



「え?」



「美しい男限定なんで」



ポカンと口を開けたまま、彼女は視線を逸らして、両手で頭を抱えた。



「待って待って。情報過多」



「冗談だよ」



「はあ?もう。びっくりすんじゃんやめてよ!」



大袈裟にため息をつく彼女見て思う。
きっと世間の反応はこれが普通なんだと。
絵麻やミズキ達が特殊なだけ。



「神代はリアルにありそうなんだもん。あーびっくりした」



それでも、試してみたくなる。



「リアルだったら、姫川はもう俺と友達やめんの?」



大抵の奴はここで、困った顔をして、受け入れるフリをする。
過去に好きだった相手もそうやって困った顔をして、中途半端に受け入れて、途中で逃げ出した。
あの時の喉の奥に流れてく涙の味は一生忘れない。



あれ以上の絶望はきっともうないと思う。
だから、どんな答えが来ても悲観的になったりはしない。



「何で?やめないよ。まあ、驚きはあるけどさ、恋愛に性別とか年齢とか関係ないと思うし、そんな事で友達選んでるわけじゃないもん」



当たり前でしょと言わんばかりの口調だった。
驚いた。



拍子抜けする返答をしたのは、絵麻もだった。
絵麻といい、こんなにもあっさりと受け入れられるものなのか?




そんな疑問と同時に、絵麻がどうして彼女を親友に選んだのか、彼女がなぜ絵麻と親友になったのかが分かった。
そして、少し過去の自分が救われたような気がして、あの時とは違う味がする。
溢れないように急いで飲み込む。



「そうか」



「何でもいいけど、絵麻を傷つけたり、変なことしないでよ?」



そうだ。
姫川にとって俺の事情なんて興味なくて、とにかく親友を心配しているだけだ。



「神に誓って」



信用してない顔で姫川は立ち上がり大きな鞄を持ち上げた。
それを取り上げて、彼女の前を歩く。



「荷物係させた罪滅ぼしですか?」



「まあ、そんなとこ」



身軽になった姫川がくるくると回りながら煽ってくる。
前言撤回。
やっぱり絵麻がこの憎たらしい女と親友なのは納得いかない。



わざとらしく彼女に舌打ちを聞かせて、キャンパスのドアを開けた時だった。
上着のポケットの中でスマホの着信が鳴った。
絵麻からだった。



「もしもし?」



『あ、怜生?ごめんね、朝から。今大丈夫?』



「うん。どうした?」



『今日ね、サークルの撮影があって、彼に会えるから、昨日教えてもらったコーディネートやってみたの。それでね、もし褒めてもらえたら、私、想い伝えてみようかなって』



「そうか。うん、良いんじゃない?」



『でもやっぱり、不安で、怜生に電話しちゃった。ごめんね、どうでも良い事で。でも、声聞いたら何か頑張れそう!ありがとう』



電話しなきゃ良かったと複雑な顔で下を向いてる絵麻が想像できて、思わず口元が緩む。



「絵麻。絵麻はちゃんと綺麗だから、大丈夫。自信持っていきな」



また姫川がニヤニヤと腹立つ顔をしてこちらを見ている。
顎で先に行けと言うと右手をひらひらさせながら、歩いて行った。



『ありがとう!怜生にそう言ってもらえるといける気がする』



「上手くいくと良いな」



『うん!じゃあまた次のフィッティングの日にね。ありがとう!』



「うん」



電話を切って、少しざわつく心に気のせいだと言い聞かせながら、姫川の後を追った。



ミズキ達に絵麻を紹介した次の日、仮で作っていたドレスを着せてみたら、それはもう美しくて、ミクが大喜びをしていた。
努力をしても辿り着けない、天性の綺麗さに少し羨ましさを覚えながらも、こんな原石を埋もれさせてしまうのは勿体無い。
そんな一心で、ヘアメイクと装飾のデザインを練りに練った。



何より、美しくなっていく自分に楽しくなっていた絵麻をもっと楽しませてあげたくなった。
だからこそ、他の誰かに彼女を傷つけられるのは面白くない。



姫川との制作中も、絵麻がどうなったのかが気になって集中出来ずにいた。
スマホを何度チェックしても、既読が付いたままメッセージもない。
ソワソワしているのをひたすら姫川に茶化されながら、彼女からの連絡を待った。



「神代。それはもう恋だ」



「うるせえな。集中しろ」



「集中してないのはあなたです神代さん。私は進んでるのよ、ほら見てごらん。それに比べてあなたはどうですか?一ミリも進んでませんね?もう絵の具すら乾いてますが」



「はいはい」



「ねえ、絵麻何かあったの?」



姫川は作品と向かい合ったまま、少し心配そうに聞いた。



「何か、告白するんだと」



今度は動かしていた手を止めて、視線をこちらに移した。



「えっ、あの憧れのプリンスに?」



「うん。勇気をくれって電話だっただけだ」



「はーん。なるほどね。振られて欲しいけど、上手くいって欲しいっていう心優しい気持ちとの間で揺れてるわけね」



「うまくいってくれが十割」



「嘘つけ」



「嘘じゃねえよ」



仕方なく筆を取って、下書きを終えているデザイン画に色を付けていく。



作業は順調に進んでいき、もうすぐ日が沈みそうな頃、絵麻からメッセージの通知が入った。



【言えなかった】



ざわつく心がもう言う事を聞かない。



「姫川、悪い先帰るわ」



「帰るんじゃなくて、絵麻んとこ行くんでしょ?仕方ないな。今日は許してあげるわ」



「サンキュ」



「片付けは私やっとくから、絵麻の事、よろしく頼むよプロデューサー」



大学を飛び出して、走った。
他人の為に全力で走るなんて、必死な自分に色々な自問自答を繰り返しながら、彼女の元へ向かった。
どこにいるのかは聞いてなかったけど、何となくアトリエにいるという直感に従って、とにかく走る。



アトリエに着く頃にはもうすっかり暗くなっていて、街灯の下に小さくうずくまっている絵麻がいた。



「絵麻」


声掛けにゆっくりと顔を上げた彼女の横顔には、乾き切った涙の跡がついている。



「怜生。ごめん、電話出てくれたのに、結局言えなかった」



絵麻の前に座って、彼女の頬を両手で包み、涙の跡を拭う。
もう既に沢山泣いたんだろう、メイクはぐちゃぐちゃに崩れて、目は赤く充血していた。



「そんなのいいよ。それよりどうしたの?あーあー、マスカラもみんな落ちてんじゃん。とにかく中入ろ。おいで」


【言えなかった】
絵麻のこの言葉にまた過去の自分が戻ってくる。



また静かに泣き出す彼女の手を引いて、アトリエの中へ入った。


次回 ep.6 優しい夜を

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