《小説》GINGER ep.15

ep.15 恋


「うん。じゃあ今から向かうね」



水瀬君との電話を切って、画面を閉じる。
ひび割れたスマホの画面が、今朝の事故を思い出させた。



ランウェイは楽しく終えた。
水瀬君が、私達の事を高評価しているお客さんが沢山いたと電話で話してくれた。
ミクもきっと良い仕事を貰える。
やって良かったと心から思えた。



だけど、痛々しい怜生の姿を見ると、体の震えが戻ってくる。
耐え切れず逃げるように、三人を置いて会場を出た私は、まだ痛む足を引きずってゆっくり歩いていた。



モデルになるという大きな夢を掲げてみても良いかもしれないと、自惚れていた自分に、神様が釘を刺したんだと思う。
私が今日輝いてるように見えたのなら、それは三人の力だ。
もっと言えば、怜生が私を見つけてくれたおかげだ。
私がモデルとして最高だった訳じゃない。



そう気付いてしまってから、怜生に怪我を負わせた罪悪感と、審査結果に落ち込むミクへの申し訳なさで、いたたまれない気持ちだった。



良い映像が撮れたから早く編集がしたいと、ランウェイを終えてすぐ大学へ向かった水瀬君を口実に使ったのも、最低だ。



「絵麻!!」



信号待ちをしていると、後ろで大きな声が私を引き止めた。



「怜生?」



振り返ると、怜生は膝に手をつき、肩を上下に揺らして、息を整えた。



「どうしたの?そんな怪我で走ったら危な…」



「行くな」



「え?」



「水瀬の所、一人で行くな」



顔を上げないまま、少し強い口調で言う怜生に、心臓がうるさくなる。



「え、な、何で?」



怜生は体を戻して、私を見ると、すぐに視線を外して、腕組みをした。



「だ、な、何されるか分かんないじゃない。男と女二人なんてそんなの。だし、一人だけ先に映像見るとか、ズルい。私も見たいんですけど」



「ははっ、何?急に口調変えないでよ」



「え?あぁ、変わってる?もう調子狂うわ。何これ」



「何か良く分かんないけど、良いの?ミク達置いて行って」



「先に置いて行ったあんたが言うんじゃないわよ」



最近気付いた事がある。
怜生は、意識的に口調を変える以外に、焦ったり何かを隠そうとする時に口調が変わる。



今は、何を焦っているんだろうか。



「じゃあ…一緒に行く?」



「うん」



やけに素直な怜生に少し戸惑いながら、私達はしばらく何も話さずゆっくりゆっくり歩いた。



時々、お互い手を貸しながら、ごめんとありがとうを交わす。
電車に乗っても、座ったまま何も話さなかった。
ただ、いつもより少し、肩にあたる怜生の温もりに緊張した。



最寄りに着いて、改札を出ると、怜生は大学へ向かわず、ベンチと滑り台しかない小さな公園に入って行ったので、着いて行った。



木の葉がさらさらと風で音を鳴らす。



ベンチの前で、立ち止まった怜生は、やっと私の顔をしっかりと見た。
出会った日の時と同じ目だった。



「モデルやった事後悔してる?」



「するわけないじゃん。どうして?」



「モデル、もう本当にやらないの?」



「うん」



「俺のせいだね」



「違うよ」



「またランウェイしたら、今日の事思い出すって思ってるだろ」



「違う」



「また誰か巻き込んだら怖いって、自分の事、諦めようとしてるよね」



「そんな事…」



「じゃあ、何で泣いてるの?」



頬を触ると、涙で濡れていて、拭いても拭いても溢れてくる。



「絵麻、やれなんて無理強いはしないけど、俺は絵麻がやりたい事諦めて欲しくない。事故は相手が悪いんだ。俺も、絵麻も、悪くないし誰も責めてなんてないよ」



「違うの。私は、昔から、昔から私は、何か一つやり遂げる度に、人を傷付けるの。せっかく親友が出来ても、その親友の好きな人を知ってて好きになって、親友も好きな人も傷付けた。自分を変えようとしなければ、水瀬君に嫌な思いさせずに済んだ。モデルやろうなんてしなければ、怜生は私を迎えにあそこにいなかった。私は、私が普通にしてれば、誰も…誰も…」



遮るように、怜生が私を抱き締めた。



もう止まらなかった。
張り詰めていたものが全部緩んで、涙も震えも止まらなくなった。



それと同時に、怜生に気付いてもらえた事が私を救った。



どうしていつも、この人は気付いてくれるんだろう。
死ぬかもしれなかったのに、私の傍にいてくれるのは、どうしてなんだろう。
友達だから?



「何で、怜生はそうやって…いつもいつも…エスパーなの?何か見えてる?」



「そんな能力あったらもっとスマートにやってるよ」



「そっか」



「好きだからかな」



「え?」



心臓がうるさい。



「絵麻の事、好きだから、良く見てるから、分かるようになった」



いや、うるさいのは私のじゃなくて、怜生のだ。



私は怜生を引き剥がした。
怜生は真っ赤な顔を隠すように下を向いて、長く息を吐いてから、勢い良く顔を上げた。



「俺は絵麻が好きだよ。正直、ランウェイしてる絵麻見て気付いたんだけど。でも多分もっと前からだと、思う」



「え、あ、あの」



「で?どうなの?絵麻は俺と水瀬とどっちがいいの?」



「えっと、ちょ、ちょ、待って無理!!」



「えっ、無理?」



急展開すぎる状況に、私は気が付くと走っていた。



次回 ep.16  GINGER

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