西郷 南海子

京都大学で院生をやってます。 1920年代〜30年代アメリカの教育哲学と美術運動の交わ…

西郷 南海子

京都大学で院生をやってます。 1920年代〜30年代アメリカの教育哲学と美術運動の交わりについて、博士論文を書いているところです。 3人の子ども、3羽の文鳥、4匹の金魚と暮らしています。

最近の記事

北川民次とマーガレット・ノームバーグ

マーガレット・ノームバーグといえば、精神分析学に立脚した児童画研究の第一人者で、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに小学校も作った人です。 その彼女が、北川民次の指導作品展に足を運んでいたようなのですよね。 北川民次の遺品に、おそらく展覧会会場に置いていたと思われる芳名帳があります。 Margaret Naumburgという署名のところに赤い付箋を貼っています。 ↓ じゃあこれ、ほんとうにノームバーグのサインなのか?という疑問が出てきましたよね。 そこで調べました

    • 正しく、美しく。

      今週1週間は、博論の体裁を整えるのに費やしました。 これまで学会誌などに投稿した6本の論文をまとめて、ひとつの博士論文にしようとしているのですが、学会ごとに定められている書式が(いちいち!)違うので、それを統一するという作業をやりました。 たとえば、デューイが書いたものから引用する場合。 「芸術は、隔てられたもの、ひとにぎりの人のためのものではなく、生活のすべての活動に対して意味や達成の最終的な手応えを与えるものであるべきだ。」(註1) 註1 J. Dewey, Ded

      • 学会、という場所。

        「学会」という言葉の響きが、なんだか高尚な感じがする。 自分が多忙であることを伝えるときにも「学会なので」とか言うと、対外的にカッコつく気がしてしまう。 とか書いてはみたが、わたしにとってはどの学会も「アウェー」で、お昼はいつもぼっち飯。 スマホいじったりしてぼっちではないアピールにいそしむ。 学会で楽しそうに話をしているグループを見ると、あの人たちはどういうつながりなんだろう?やっぱり東大か?とうらやましくなってしまう。笑 あいかわらずそんな状態のわたしだけれど、先日

        • 「ガー」と「ジャー」の違い。

          いまわたしは、Holger Cahill(1887-1960)という人について調べている。 その人のことは前の投稿にも書いた。 で、ずっと悩んでいたのは、この人の名前はなんと読むのかということ。 日本の数少ない先行研究には「ホルガー・ケーヒル(ケイヒル)」と書いてることが多い。 でも「ホルジャー」なんじゃない??って疑問だった。 でも証明する方法がない。誰に聞けばいいのか。 電話して聞くのか?MoMAとかに??笑 だから自分の論文も一応「ホルガー」にしていた。 そう

        北川民次とマーガレット・ノームバーグ

          会ってみたかった人。

          6章立ての博士論文の6章目を書いているところです。 世界大恐慌のとき、アメリカ政府はアーティストたちも「失業者」であるとして、彼ら彼女らの雇用を打ち出します。 それが、連邦美術計画でした。 油絵・彫刻・壁画・ポスター・民俗模様収集・地域での美術教室など、いろんなプログラムでアーティストを雇用しました。 出来上がった作品は美術館のように行きにくい場所でなく、 本当に路上に展示したりしました。 その根底には、美術は、 一部のお金持ちのための「高尚な」ものではなく、 アメリカ

          会ってみたかった人。

          比叡山に登ったこともないヤツが。

          6月25日に教務課に提出した「博士論文資格審査」が通りました。 審査用に博論の要約(6000文字)と、査読付き論文(2本)を提出しました。 博論を提出する資格が認められたので、半年以内に提出することになります。 わたしのいる講座(研究室)はお互いにあまり関わらないところで、 「博士号取ろう!」とか「学会賞取ろう!」とか言う人も誰もいません。 ゆったりとしていて、ありがたい反面、どうやって学位を取るのかもわかりませんでした。 どうやら卒業した先輩の中で博士号を取った人もいる

          比叡山に登ったこともないヤツが。