おじいちゃんは同級生
信じられないことだけれど、僕のおじいちゃんは段々若返っていく体質らしい。
生まれた時には百歳だったおじいちゃんは、年々若返って、僕が生まれた時にはちょうど二十歳だったという。
だから僕が小学四年生になった今年、僕とおじいちゃんは同じ教室に通っているのだった。
*
ある日の休み時間。僕とおじいちゃんは教室の窓からグラウンドを見下ろしていた。
クラスメイト達は殆どが外に遊びに行ってしまって、教室内はまばらに残った人たちの話声くらいしか聞こえなかった。
「ケンヤは外、行かなくていいのかい」
おじいちゃんが僕に尋ねる。
「うん。僕、運動あんまり好きじゃないし」
「そうかい」
「うん」
こんなとき、お父さんだったら「子供はもっと外で遊ぶべきだ」なんて小言を言ってきそうだけれど、おじいちゃんは絶対にそんなことを言わない。
ちゃんと僕のことを認めてくれているって感じがして、だから僕はおじいちゃんのことが好きなんだ。
「おじいちゃんこそ、遊びに行ってもいいのに」
「私も、今日はやめとこうかねぇ」
おじいちゃんはスポーツが好きで、僕が生まれたころには色々な大会に出たりもしていたってお父さんが言っていた。それなのにどうしてって、そう思っていたらおじいちゃんが言った。
「最近は身体が思うように動かせなくなってなあ。これも歳のせいなのかねえ」
大真面目な顔でそんなことを言うからなんだかおかしくて、僕は思わず笑ってしまう。
「きっと、ケンヤもそのうち分かるよ」
「そうかなあ」
「ああ」
おじいちゃんはいつも柔らかく微笑んでいて、怒ったり泣いたりしているところを、僕は見たことがなかった。
「おじいちゃんって、毎日楽しそうだね」
「そりゃそうさ。孫と同じ学校に通える人間なんて、世界を探しても私くらいしか居ないんだから。この嬉しさを言いふらして回りたいくらいだよ」
おじいちゃんはそう言いながら、ふと教室に目を向ける。視界の端でカーテンが風に吹かれてふわりと揺れていた。
「怖くないの?」
「怖いって?」
「だって……」
その先を言いたくなくて、僕はつい口を噤む。
だって、今が十歳ってことは、あと十年したらおじいちゃんは死んじゃうってことだ。
そんな風に終わりを突きつけられているなんて、僕には想像も出来ない。
「怖くなんてないさ」
僕とそっくりな、おじいちゃんの瞳が、真っ直ぐに僕を見ている。
「例えばケンヤは、自分が明日死んでしまうかもって考えたことはあるかな?」
「そんなの、あるわけないよ」
「けれど本当は誰だって、いつ死んでしまったっておかしくないんだよ。そうだろう?」
「……うん」
「けれどみんな、ついついそれを忘れてしまう。何時か死ぬけれど、それはずっと遠い未来のことだと思ってしまう。それに比べたらおじいちゃんは、最初から終わりを知らせてもらっている。それってとても贅沢なことだと思わないかな?」
「そうなの?」
「ああ。もちろんさ。私は百年かけて毎日少しずつ死んでいたんだから、今更怖いことなんて何もないんだよ」
窓の外から、グラウンドを駆け回る子供たちの楽しそうな笑い声が聴こえてくる。僕はそれに耳を澄ませながら、おじいちゃんの言ったことを考えてみた。けれどやっぱり、それは難しくて、全部が分かったとはどうしても思えなかった。
「明日死ぬと思って生きてごらん。そうしたらきっと、ふとした景色も、いつもと違ってみえるんじゃないかな」
「うん」
「まあ、これも昔の偉い人が言っていたことの受け売りなんだけどな」
そう言って、おじいちゃんは大きな声で笑っていた。
*
けれどそんなことを言っていたおじいちゃんは、それから一年もしないうちに亡くなってしまった。
なんでも、ずっと前から病気で、長く生きられないことはもう分かっていたらしい。
おじいちゃんが息を引き取った日。
お母さんは病室で泣いていたけれど、僕は、不思議とあまり哀しくはなかった。
最期の日までおじいちゃんは、変わらずに毎日楽しそうにしていたからということもあるし、
それにきっと、あの日教室でおじいちゃんに言われたことを思い出していたから。
煙になって空に昇っていくおじいちゃんを見送りながら僕は、
おじいちゃんみたいに、ずっと笑っていたいと、そんなことを思った。
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