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#13 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]

「私だってリュウさんのこと好きだったのに!」
 彼女の高い声がキンと響いた。
「気持ちは嬉しいです。それでも、すみません」
「なんで、だって、相手、男じゃない!」
 彼女の声は湿っている。少し鼻声混じりになってきて、ヘッドセットを上げて拭う仕草をしている辺り、泣いているのだろう。
「そういうのは、俺は関係ないので」
「私の方が先に好きだったのに!」
「後先は関係ないでしょう」
「こんなに冷たい人だとは思わなかった!」
「俺は元々、冷たいですよ」
「――っ」
 ガシャンと彼女のスピーカーから音がした。どうやらコントローラーを投げたらしい。
「もういい!」
 VRヘッドセットの電源を落とさず脱いでどこかへいってしまったようで、ぐちゃりと折りたたまれた彼女のアバターだけ、そこに残っていた。

 カトルさんと付き合い始めて変わったことはそんなにない。ひとつだけわかりやすく変わったことと言えば、カトルさんが俺の方へ来てくれる回数が少し増えたことだ。
「こんばんは、リュウくん」
「こんばんは」
 ボイチェンだから、ボイチェンの声を好きになったんだったら地声聞くと幻滅するかもよ、と先日言われた。でも告白してるときに聞きましたよ、というとそうだったとカトルさんは思い出して、ボイチェンじゃない声も素敵だと思います、と言うとカトルさんは照れて手で顔を覆ったのはかわいかった。
「どしたの?」
「いえ」
 バリスという世界の中で出会い好きになったのだから、自分は特にオフでのことは考えていない。ボイチェンした声、たまに聞こえる地声、露出度高めの服に銀髪のポニーテールのアバターに赤い瞳。それがカトルさんだ。それだけでいい。それだけで、自分は満足だ。
「新しい服着せたんですね」
 夏直前とあってか、カトルさんの服はビキニの上にホットパンツとシャツを羽織ったような恰好になっている。ポニーテールで見えているうなじがいつもより眩しい。
「そう。これ大人っぽくていいなーと思って。まあ普段から露出度高いからあんまり目新しくはないと思うけどさ」
「いえ、服と水着は違いますから。似合っててかわいいと思いますよ」
 んっ、とカトルさんは呻いてから、ありがとう、と返してくれた。かわいい、と言われることに慣れていないのか、それとも俺に言われるのが恥ずかしいのか。どのみちそういったところもかわいらしい、と思う。
「リュウくんは、水着とか、着ないの?」
「水着、ですか。考えてなかったですね」
「水着じゃなくてもさ、夏服着ようよ」
「夏服か……いいですね。作ってみます」
 今来ているものを半袖にして、柄などを少し変えたらちょうどよくなるだろう。
「そしたら写真撮ろーね」
「はい」
 ピコン、とこのワールドの入室音がして、こんばんは、とパルさんがやってきた。
「お邪魔しちゃったかな?」
「そ、そんなことないって――」
 カトルさんはパルさんに一番最初に俺と付き合うことにしたことを報告したらしい。なにせきっかけを作ってくれた人だから、とのことだった。
「パルさんも、夏服ですか」
「そう。カトルが着てるのいいなーと思って、色違い、買っちゃった」
 どう? とパルさんがカトルさんの隣に並んだ。二人して写真を撮り始めたので、自分もカメラを取り出して二人を被写体に収める。パシャパシャと連続してシャッター音が響く。俺が三枚ほど撮る間に、二人はおそらく十枚近くシャッターを切っていた。
「リュウくんは、夏服着ないの?」
「その話さっきしてたんだー。作ってくれるって!」
「ツーショット上げたら、カトルのファンが妬いちゃうね」
 クスクスとパルさんが笑う。付き合っていることを公言はしていないが、やはりそういうふうに見られているらしい。カトルさんのファンはあまり粘着質なタイプなどは見受けられないので、よかったと思う。
「大丈夫だよ。むしろリュウくんのファンの方がいるんじゃない」
「さあ。どうでしょう」
 にこ、と笑う。カトルさん以外に興味がないので、告白してきた人の名前など覚えていない。それは言いすぎだとしても、さほど親しくはない相手に告白されたところで、いちいち覚えていない、というのが正直なところだ。
「……え、あるの?」
 カトルさんが不安そうな声を出したので、なにもないですよ、と答えた。

「あの、リュウくん」
「はい」
「冗談かなーと思って聞き流した話があってさ」
「はい」
 パルさんとたくさん写真を撮った後、のんびりできそうな部屋のワールドに移動してだらだらとしていると、言い難そうにカトルさんが口を開いた。
「私のフレンドの女の子がさ、『私の方が先にリュウさん好きだったんですよ』ってDM送ってきてさ」
「ああ」
 先日振ったあの子だろう。カトルさんにDMを送るまでするなら先に話しておくべきだった、と反省する。
「告白、された……?」
「されましたけど、振りました」
「えっと……」
「こういう話は、きちんと伝えておいた方がいいですか」
「あー、いや、どうだろう」
 ウーンとカトルさんは腕を組んだ
「そりゃまあ、気になるっちゃ気になる」
「はい」
「んだけど、聞いたらもやもやはする、と、思う」
「フフ、はい」
 正直なことを言われて思わず笑ってしまう。自分のことを考えてくれているという証なので、つい嬉しくて。
「だから、どうしようね」
 カトルさんは首を傾げてこちらを向いた。
「〝告白されたけどきちんと振りました〟という報告でいいですか」
「うーん、うん、とりあえず、それでいいかも」
「じゃあカトルさんも、何かあったら報告してくださいね」
「うん。わかった――で、この子なんだけど」
 カトルさんの声から不安そうな色が消えて、安心する。そのままこの前告白してきた子の話をする。
「あのイベントに入る前からの知り合い、ですね。カトルさんともフレンドになってたのは、知りませんでした。それで、カトルさんより先に好きになってたのに、みたいなことを言われたんですけど、そういったことは関係ないので、と答えた感じです」
「なるほど……」
 うーんとカトルさんはまた唸ってしまった。
「いやでも、女の子でしょ?」
「そうですけど、関係ないです。俺が好きなのはカトルさんなので。男女関係なく」
「んんっ」
 カトルさんは、意外とストレートな言葉に弱い。本当に、かわいい人だ。
「そう、そうかぁ、あ、ありがとう」
「将来のこととか、そういったところで心配してくださってるんでしょうけど、大丈夫です。カトルさんに良い相手が見つかるまでは、このポジションを降りる気はありませんので」
「んんん」
 カトルさんは顔を手で覆ってしまった。こういう反応が返ってくれるもので、つい。
「ずるいよね……リュウくんは……」
「どこらへんがでしょう」
 すすすと近寄って、カトルさんの頭を撫でる。
「なんか、慣れてるというか……」
「恋愛経験は豊富ではないですが」
「じゃあなんでそんなに手慣れてるのさ」
「好きな人にしたいことってなると、みんな大体同じなんじゃないでしょうか」
「ん、なる、ほど」
 前は私が撫でる方だったのに、と些か悔しそうにカトルさんは呟いた。
「別に撫でてもらっていいんですよ。嬉しいので」
「んぬぅー」
 カトルさんは照れるとよく変な声が出るようだ。つまり変な声が聞こえたら照れているという証拠なので、わかりやすくて助かる。
「むしろ最近、カトルさんから撫でてくれなくて少し寂しいんですが」
「いや、そっか、そうだけど、なんか……恥ずかしく、なっちゃって……」
 カトルさんの声がどんどん小さくなる。本当に恥ずかしいらしい。お酒を飲んだときは付き合う以前と同じように尻尾をもふもふしに来てくれるのだが、素面だと恥ずかしくなってしまったらしい。恥ずかしがるカトルさんは確かにかわいいが、撫でてもらえないというのはなんだかもの寂しいので、できれば来て欲しいと思っている。
「ぜひまた撫でてください」
「……善処します……」
 ううーとカトルさんは呻いて、俺の胸に顔をうずめた。


No.13

誰かを好きになることが誰かを傷つけることになる世界で
誰かを好きになることで誰かに嫌われる世界で
誰かを選ぶために誰かを犠牲にする世界で
誰かを選ぶことで誰かに選ばれなくなる世界で

あなたを好きになったことは
きっと後悔しないでしょう

隣に居ることでもたらされるもの
他の誰にももたらすことのできないもの

あなたのことが 好きなのです
あなた以外の選択肢が見えなくなるくらい

声が電子に変換される世界で
直に触れることができない世界で
匂いも味もしない世界で

ただあなたの傍にいる
それだけで十分 満足なのです

絵:深水渉(https://x.com/wataru_fukamizu)

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