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掌編小説「感情布」

それはまず、第一に布だった。
頭が白い気がする。膝を縮めると、膝裏の皺の部分に柔らかい感触があった。
(ここで言う柔らかさには棘が少しあって、決して滑らかな布面を感じているわけではなかった。)

ベルが鳴り響く。
わたしを呼ぶものではない。止めることができた。昨日はできなかった。彼はいつこれを鳴らしたのだろうか。

ホテル滞在が長くなってくると、自然とこういったことには慣れてくるものだが、このホテルは帰ってくるたびに入口の位置、調度品、エレベーターのボタン配置が微妙に変わっていたため、それが人間の慣れのペースに影響を与えていたのかもしれなかった。

運ばれてきていたレモン入りの水が、カーテンで調整された秋の日差しを受けて部屋の壁にいつも懐かしい万華鏡のような模様を描いていた。
飲み干すとそれはわたしの記憶の中の視界にしかないものとなって、また別の同じ懐かしさを用意し始める。

首を回す。リモコンを取る。手を動かす、朝のニュースを眺める。
近くで強盗があったそうだ。
何かを盗まれた被害者が慌ててリポーターに語っている。

「ものすごい勢いだったんです。」
「わたしの前で転んだんです。」
「ハンカチを差し出したんです。」
「急いで出したものだから」
「ハンカチと指の間に旅行の土産のお守りが挟まっていたんです。」
「あいつは、それを盗ったんだ!!!」

すら と、 さら と
布に感じていた繊維は粒になり
気がつくと頭の上から足の先まで
細かすぎて目に入りそうもない
明るい黄色を含んだ砂となって流れていった
わたしはそれを涙でまとめて、仕事用バッグに細かくたたみ入れてまた風貌が変わったホテルのロビーを通って、街へ行く。


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