見出し画像

私を忘れないで欲しいと思うことは誰もが持っている願いなのかもしれない

何度見ても後半号泣してしまう映画「リメンバー・ミー」

今日はスタバから夜活して帰宅したら、金曜ロードショーで放送されていました。
ラテン系のノリの良いメキシコのカラフルな世界観は大好き。
そして、音楽を愛して家族を置いて出て行ってしまった(と誤解していたのだけど)と思って、母とその孫、ひ孫の代まで勘当状態になってしまったミゲルくんのお家。

お父さんのことを心の底から愛していたおばあちゃんママココの気持ちを、
自分と重ねてしまって、きっとママココも寂しかったのだろう😢

無念の死を遂げてからもずっと愛娘に会いたいと思い続けていた父ヘクターの気持ちも痛いほど伝わってきます😢

父からのお土産に込められた想い

私の父も、もしかしたらこんな風に私に会いたいと思い出してくれていたのかなと思ってしまうのです。それがきっと、この映画を観た時の私の涙の理由なんだと思う。

私も小学生3年生くらいの頃、両親が離婚して母に着いて行ったことで父とはその時から疎遠となりました。

疎遠となってから数年後、一度だけ母を伝って「お父さんから二人に中国に行ったお土産を渡して欲しいって頼まれたのよ。」と毛筆セットをもらい受けたことがあった。
それは、中国のカラフルな彩色墨と、筆とすずりと落款印の毛筆セット、書道を習っていた私と妹のそれぞれの名前が彫られているものでした。

もらった当時は、あまり有り難く感じなかったけれど、大人になって当時の父と同じ歳となった今感じること、それは父はこのお土産を贈ることで自分の娘たちへの想いを表現したかったのだろう。書道を習い始めたきっかけも、達筆な父の勧めでもありました。

落款印に私たちの名前を刻むことで、もしかしたら父は自分と私たちの心に何か絆を残したかったのかもしれない、そう感じられてくる。
父がくれた毛筆セットは今でも一度も使っていないのだけど、引越しを何度か繰り返し30年経つ今も手元に残っています。
おそらく落款印を彫る際に職人に依頼した時の、父の手書きと思われる私の名前が書かれた紙も入っています。
父がこのお土産を購入した時の気持ちを考えてみると、きっとリメンバーミーのヘクターが娘のココを思う気持ちに近かったのではと感じられて胸が痛くなります。

もし死後の世界があるとしたら…

ある人は、こう言っていたのを思い出しました。
死後の世界があると仮定した時に、亡くなった後、唯一あの世に持っていけるものは記憶や思い出なんだと。

日本でも、亡くなった人を思い出してあげることが供養になるとおっしゃるお坊さんも多いですよね。
私は、リメンバー・ミーを見てから、国や文化が違っても人が思うことというのは人類共通なのだなと思いました。

自分にとって大切な人に覚えていて欲しい、忘れないで欲しいと思うことは、生きてるうちも、亡くなった後も、人間の本質的な願いなのかもしれないのではないでしょうか。

だから、自分のことを覚えていてくれていたり、ふとした瞬間に思い出してくれるというのは、その人の心の中に自分が生き続けている。

それは、まさにその人がそこに存在することを証明してくれているのと一緒なのかもしれない。

今夜は沢山涙を流してスッキリして、そんなことを思った夜でした🌙


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?