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可愛いスマホには旅をさせよ

「可愛い子には旅をさせよ」という言葉がある。
皆さんは、可愛い子を旅させたことがあるだろうか。

これは、私の可愛い子を旅させてしまった反省録だ。

私は就活の都合で、このご時世ではあるがよく新幹線を利用する。

その日は、良い天気だった。
車窓からの風景も穏やかで、まさしく読書のお供にはぴったり。

新幹線で目的地まで一時間半。途中気に入った風景を写真に収め、スマホを横に置きながら、静かな時を過ごす。

そして、清々しい気持ちで新幹線を降りた。なんだかいつもより清々しすぎるような気がした。
清々しい気持ちのまま、乗り換えを検索しようと、スマホを取り出そうとする。

いない。
スマホがどこにもいないのだ。

ここで思い返してみよう。私は、風景を写真に収めたあと、スマホを横に置いた。

そう。
横に…置いたのだ。

慌てて振り返ると、さらに遠く、目的地の東京へと颯爽と走りゆく新幹線。
唖然と見送る私。

さらばスマホ。

頭をよぎる、ある映画。「スマホを落としただけなのに…」
大変だ、このままでは私のスマホは東京に染まったシティーガールになってしまう。
シティーガールになるだけならまだいい。私はそんなスマホも愛してみせよう。

そもそも手元へ帰ってくるのか…?

スマホの将来を憂いながら、改札へ向い駅員さんに尋ねる。
「車内にスマホを置き去りにしてしまったんですが、気づくのが遅れて東京へ向かってしまったんです…!」

『なるほど…では、すぐにここへ電話してその旨を伝えてください。確認次第折り返して電話するので、連絡を待ってください』

親切に教えてくださった駅員さん、
スマホを落としたのにどうやってすぐに電話をして、どこで折り返しの電話を待てというのだろうか。

絶望の表情を浮かべた私に、駅員さんは何かに気づいた表情で付け加えた。
『あ、改札を出て左に歩いていくと、忘れ物承り所があるのでそこでも対応できますよ』

先に言ってよ…。

とにもかくにも、早足で忘れ物承り所へ向かい、少し早口で駅員さんに説明した。「◯◯駅を▲▲時発の新幹線、自由席2号車の真ん中付近にスマホを落としてきてしまったんです…!!」

さながら、迷子の子を探す母親である。おそらく状況はそう遠からず。

担当の駅員さんに詳しく状況とスマホの特徴を聞かれ、細かすぎるほど詳細に話す。
『わかりました…少々お待ちください。確認します。』

真剣な顔の駅員さんと、我が子を想う私。
忘れ物承り所に緊迫した空気が流れた(気がしたのは私だけだろう。)

『…はい。はい、2号車です。そうですか…わかりました。お伝えします。東京ですね?』
どこかと連絡を取り合いながら神妙な顔の駅員さん。

息を呑み見守る私。

『スマホ…ありましたよ。東京駅に向かっています』

その瞬間、忘れ物承り所が歓喜に沸いた。
なんと、わたしが降りた直後からすでに車掌さんが預かっていたというのだ。

なんというスピード。なんという優しさ。
座席の真ん中に置かれたスマホが盗まれない世界。

ああ…
日本よ、ありがとう。

その後、
スマホがない状態で臨んだ面接は、私を一周回って無敵にさせた。
早口圧迫どんとこい。

こちとら、新幹線でスマホを旅させる女ぞ。
手元にスマホがないまま面接会場へ何食わぬ顔で現れる女ぞ。

他に何が怖いものがあろうか?

いや、無い。

そして二日後、東京駅を経由してどこか大人びた様子のスマホがエキスプレスバッグで手元へ帰ってきた。

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スマホは、少し大人びて、どこか誇らしげな表情すらしている。
それはそうだろう。
このスマホは、一人で東京へ壮大な旅へ出た可愛い子なのだから。

スマホを盗まず届けてくれる良識ある優しい乗客の方々と
迅速にご対応いただいた全ての職員の皆様へ感謝を。

そして、二度と彼女を手放すまいと、
覚悟を新たに今日も私は研究と就活に臨む。

※新幹線から降りる時は、忘れ物がないかしっかり確認しよう!