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“モンスター”のつくり方

 『あまたの独裁者たちからエッセンスを抽出して作られた、いわば“独裁者の最大公約数”である』と言われるフィルは最後には〈創造主〉の手によって解体され、“モンスター”と札をつけられる。
フィルは本当にモンスターだったのだろうか。

短くて恐ろしいフィルの時代 (河出文庫) 

 『短くて恐ろしいフィルの時代』は、国民が一度に一人しか住めない極小の国、〈内ホーナー国〉が更に小さく縮んでしまったところから物語が始まる。
〈外ホーナー国〉の中にある〈内ホーナー国〉との国境に姿を現したフィルは、脳がラックから外れるたびに熱狂的な演説で民衆を魅了し、独裁者にのし上がっていく。

 フィルは登場シーンで『ややひねこびていると言う以外にこれといって目立ったところのない平凡な中年男』と描かれている。
普通の外ホーナー人だった彼は、脳がラックから外れると熱狂的な演説をする。
難しい言い回しを自信たっぷりに使うと、『今の今まで平凡な男と思われていたフィルが、急に他のホーナー人たちの目に違って映った』。
最初にフィルのカリスマ性に惹きつけられたのは、民衆だった。

 そしてフィルはいい加減な民主主義によって権力を得る。
 〈外ホーナー国〉の民主主義は本当にいい加減だ。
投票や世論調査は一部でしか行わず、自分発言をすぐ忘れる大統領は、フィルに良い様に利用される。
 そしてフィルの権力に怯えた者たちは『顔をそむけ、目をつぶったまま〈全面同意書〉にサイン』してしまう。
結果晴れてフィルは独裁者となるのだ。
反対を申し立てた者は解体され、見せしめにされた。
「脳がはずれた」フィルは外ホーナー人がいかに素晴らしいかを聴衆に説くことで、自尊心をくすぐり、民衆の心を掴んだのはフィルだったが、彼に権力を渡してしまったのは民主主義のいい加減さであった様に思う。

 他の外ホーナー人も内ホーナー人を見るたびに胸糞悪くなる、と差別をしており、フィルと彼らの差は紙一重の様に思える。
内ホーナーも外ホーナー人を国土を分けてくれないケチだと考え、睨みつけている描写がある。
 これは、異質な者を排除する、誰もが持つ心の物語だ。
だれもがフィルになり得た。
ただその時たまたま、フィルが、フィルだった。

一番印象的なのは最後の場面だ。
フィル以外のホーナー人を分解して組み合わせ、新たな国でフィルは「モンスター」として展示されている。

彼女には”ふぃる”がモンスターだとは思えない。むしろ不思議に美しい感じがする。彼女はときどき何時間も藪の中に座り、なぜだか自分でもわからないままに、よりよい世界のことを夢に見る。彼女やサリーのように、偉ぶらない、ずんぐりしたボール型の体つきをした人々によって支配され、いつだって短いセンテンスでわかりやすい正義が語られる、そんな世界を。

フィルが内ホーナー人たちを迫害し、排除しようとしたように、彼の要素を取り除いて作られた「彼女」も自分と異質な存在が排除された世界を『よりよい世界』と考えている。
そしてフィルを世界から取り除いた〈創造主〉も、フィルを排除していると言えるだろう。
 誰しも、理解できない他者を排除する側面があると、この物語は締めくくっているのではないだろうか。

 自分とは異質な物を切り捨て、またその残りから切り捨てて、残る物は美しいのだろうか。
今のコロナ禍で、私たちは自らに問いかける必要がある。

フィルを作り上げるのは民衆だ。
そして、私たちの中にフィルは、モンスターはいる。

#読書の秋2021 #短くて恐ろしいフィルの時代

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