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妄想レビュー返答

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こちらは、企画「妄想レビューから記事」の返答をまとめたマガジンになります。 企画概要はこちら。 https://note.com/mimuco/n/n94c8c354c9c4
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#物語

蕾 ―花あかりの夢より―

中庭の真ん中に桜の木が立っている。 この桜を囲むように置かれたベンチは校内でも人気のスポットだが、明日に控えた卒業式の準備のため生徒のほとんどが下校させられたらしく、放課後になってしばらく経った今、普段は賑やかなこの場所も今日は静まり返っていた。 そんな中、美香が学校に残っていたのはリクエストしていた本が図書室に入荷されたと司書の先生が知らせてくれたからだ。 自宅まで我慢ができず、美香はベンチに腰掛けて借りたばかりの本を開く。 キリのいいところまで読み終えて立ち上がっ

咲き初め ―花あかりの夢より―

小さな緑地の隅に桜の木が1本立っている。 商業施設の一部として整備されたこの場所は繁華街とその最寄り駅の間にあり、この場所を通り抜けることでそれぞれへの距離を大幅に短縮できる。 そのため足早に通り過ぎてしまう人が多いが、買い物客の休憩場所としてか、都心には多くない緑を楽しめるようにという配慮か、決して広くはない敷地にいくつかベンチも設置されており、その一つはこの緑地の目玉として植えられた桜の木の下に置かれていた。 仕事帰りの佳織が置き去りにされた1冊の本を見つけたのもそ

本の海のYとZ

町立図書館の最奥、少し古びた本の香りがする本棚の間が私のお気に入りの居場所だった。 小さな窓から差し込む陽の光は舞う小さな埃をきらきらと光らせ、並んだ本が人の気配をかき消して、けれども静けさの中に聴こえてくる誰かが紙を捲る微かな音は孤独を感じさせず、眼前に開いた本は私をここではないどこかへ誘ってくれる。 陽に温められた床に座り込んで文字の先に広がる物語を見つめていた視界の端に一瞬影が差し、この心地いい静けさを壊さぬよう服が擦れる音にすら気を遣った気配が、深く沈み込んでいた私の

小説|埋められた芸術

 荒れ地を見て年老いた芸術家は嘆きます。この町で描いた花畑の絵により芸術家の名は世に知れ渡りました。だからこそ再び訪れた町の花々が枯れていたことを芸術家は悲しみます。進む町の開発に花は散ったのでした。  力なく歩いていると芸術家は少女と出会います。少女はかつて花畑だった荒野へ向かい絵を描いていました。空想上の花畑の絵。芸術家に憧れ少女は画家を志していました。芸術家は心に決めます。余生はこの町で過ごそう。  芸術家は命果てるまで少女に絵を教えます。芸術家が亡くなると世界中の

月の缶詰1

はじまりじゃない朔空には闇だけが浮かんでいる。 裏には広々と田んぼが広がるだけの駅の周辺は何もなく、改札機と券売機、点滅する信号機、そして申し訳程度についた街灯だけが光源である。 田舎の朔の夜は音を吸収して、本当に静かで真っ暗だ。 ちなみにここがどのくらい田舎かというと、22時には閉まってしまうあまりコンビニエンスじゃない最寄りのコンビニまで自動車がないと辿り着けず、それでもコンビニができたと住民が浮かれるくらい。 日本には自宅の前に住民の名前がついたバス停ができる土地もある

月の缶詰2

日常の上弦「ちょっと太った?」 「美晴は本当に失礼がすぎる。僕は太ったんやないの、大きくなったんよ。月は日が経つに連れて満月に近づくの知らんの?空見てみ?」 月は知らぬ間に私の名前を呼び捨てにするようになっていたし、私は私で彼の形がこんなに大きくなるまで気が付かないほど、彼は私の生活に馴染んでいた。 「もうすぐ上弦やけんね。」 「上弦?」 「ざっくり言うと半月のことやね。この前までが三日月、今が上弦、次が満月、その次が下弦、もっかい三日月が終わったらまた新月。その頃には美

月の缶詰3

別れの予感の三日月「もうすぐ新月や。」 空を見上げて月が言った。 「だいぶ細くなったね。」 「スリムでさらにかっこよくなったやろ?」 「ノーコメント。」 「美晴はほんとに失礼やなあ。」 いつものように軽口を叩き合って笑っていたら、少し黙った月が急に真剣な声になってぽそりと言った。 「無事に月に選ばれて役目を終えたらな、好きなところに行けるらしいんよ。」 そしたら、美晴のところに帰って来てもいいやろうか。 彼は小さな声で私に聞いた。 「ちゃんと立派に月やってきたら、

月の缶詰 スピンオフ1

憧れと現実の上弦と満月の狭間 まだ月の声が少年と大人の間だった頃のこと。 「なあなあ。人は月を見る行事があるんやろ?」 半月をちょっと通り過ぎた月が興味津々に聞いてきた。 「お月見のこと?」 「チュウシュウのメイゲツってやつ。」 「あ、今の意味わからず言ったでしょ。カタカナに聞こえた。」 「気のせいやない?」 「真ん中の中に秋で中秋。有名な月で、名月ね。」 「・・・僕らからしたらいつも名月やもん。そんなん知らん。」 楽しそうだった声がいじけた。 それでもすぐに気を取

月の缶詰 スピンオフ2

思いもよらぬ下弦 「あの、すみません。」 「ん?」 近くで声が聞こえたような気がしたのに、周囲にはいつもと変わらぬ光景が広がるだけだ。 「気のせい・・・か?」 月は美晴に拾ってもらった夜のことを思い出した。 「美晴もあんときはきょろきょろしとったなあ。」 あまりに光源の少ない駅だから美晴は声の出どころが咄嗟には分からなかったらしく、だいぶキョロキョロしとったなあと懐かしさと笑いが込み上げてきた。 美晴からすれば、人間はまさか缶詰の中の石が喋るとは思ってもみないし、そ

月の缶詰 スピンオフ3

後悔の新月気がつくと空だった。 新月の日が来たのだ。 この朔の夜が明けるとき、三日月になった者が次代の月だ。 「結局、美晴に挨拶もせんかったなあ。泣かせてしまうな。」 そろそろだと分かっていたのにさよならを言えなかったのは、泣き顔を見たくなかったから。 最後の最後までいつも通りがいいという自身の我儘を通して、美晴が何度か別れを言おうとしたのに気がついても、まだ大丈夫と言わんばかりにその雰囲気をわざと崩した。 共に過ごしたこの短い間にも、美晴が寂しがりであることや自分に信頼

月の缶詰 スピンオフ4

お暇の朔空に帰ってきてから何度目かの新月。 この朔の夜は月とっては唯一の休暇。 僕は時間があると美晴の顔が思い浮かぶけん、よく美晴の観察をしとるんよ。 美晴はよく僕を眺めとるけど、僕の方も美晴を眺めとるとはたぶん美晴は思ってもないやろうなあ。 せっかく観察したし、忘れたらもったいないけん、この暇な夜に日記にしてまとめとこうかな。 三日月の朝 美晴は朝が弱い。 目覚ましのアラームは5分おきに5回鳴らす。 どうせ起きんのやったら、最後のやつだけにして気持ちよく寝たらいいのに。

月の缶詰 スピンオフ5

美しく晴れた夜 「そろそろかなあ。」 だいぶ細くなった月を見上げて呟く。 月とひと月を過ごしてから5年が経った。 あまりにあっという間の出来事だったことと5年間も普通の生活を送ったことで、あのひと月が夢だったのか現実だったのかは曖昧になりつつある。 この5年で変化したことは大してないけれど、あの頃よりは大人になったし、仕事もほんの少しできるようになったと思う。 今の生活に不満はないけれど、ふとした瞬間、ドレッサーの上に目をやってしまうこと自分を自覚している。 またねと言えな

月の缶詰 〜図書館帰りの女の子〜

「かわいい子やったなあ。」 心の声が漏れたのかと思ってちょっと恥じらっていたら、手元から石、自称「月」の声がする。 「そう思わんかった?」 慌てて周囲を見回して誰もいないことを確かめ、肩を落とす。 自分の心の声が漏れ出ていたら恥ずかしいけれども、こちらの声の方がまずい。 他の誰かに聞かれたら困ってしまう。 「お隣さん、昨日はカレーだったみたい。」が話題となるような田舎だ。 喋る石の存在はもちろん、石と話す女もどちらも噂にするに

RPGの世界に迷い込んだけど何をすればいいか分からずとりあえず別れ道にボスっぽく立っているシカ

目が覚めると異世界にいた。 という文章から始まる物語に僕はあまり心惹かれない。 だってなんかありきたりだし、ご都合主義な感じがする。 と思っていた過去の僕、謝罪してくれ。 社会人になって習得した、直角のお辞儀ととも繰り出される大人の最上級のお詫びスキルで頼む。 誰相手に謝ればいいか分からないがとにかく謝れ。 なぜなら僕は今、目が覚めて異世界にいるからだ。 昨日までの僕は普通に会社に行き、普通に働いて、普通に終電に飛び乗って帰宅して、普通に社畜していた。はずだ。 なぜ僕が