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創作『ゆうひに会えるブランコ』

「ねえ、ユウヒ。今日のわたしは何色かな」
夕日がたずねる。高台にあるブランコに乗る少年に。


少年は木で作られたひとりがけのブランコに座って、いつも揺られている。賑わう町から少し外れた小山の坂と階段を登った先には、少し開けたところがあって、芝や小さな花が生えている。
そこにぽつんとあるひとつだけのブランコからは、町の店や家々と、流れる川と田畑が見渡せた。ちらほら菜花の黄色が見えるけれど、ユウヒが見るのは空だった。

ユウヒは帆布のトートバッグから「色の本」を取り出すと、なれた手つきでページをめくっていく。ブランコを吊るす太いロープがきゅっと鳴る。
「今日の夕日はね、たぶんクチナシ色だよ」
「クチナシ色、」
「そう。そういう黄色い実があるんだって」
その日の夕日の色を見つけ出すユウヒは嬉しそうで、だけどいつもひとりで。

「ユウヒは色が好きだね」
「うん、すきだよ。だけどいちばん好きなのは夕日の色だよ」
高台から見る夕暮れの空は、夢の中の一部を切り取ったような、おぼろげな寂しさも持っている不思議な美しさだった。
風や、雲や、湿気や季節で毎日その色は変わる。
けれど少年は変わらず、いつもひとりで高台に来る。

「……ひとりはさびしくないの?」
夕日がそっと問いかける。ユウヒは静かに「色の本」を閉じて、真っ直ぐ夕日を見つめた。
「さびしいよ。だからここに来るんだよ」
ここに来れば、いつもきみが居てくれるから。
「……そっか」
夕日は優しく微笑むように、かすかにきらりと遠くの山際を輝かせた。

だけど、さびしくない時間ももう終わる。
夕暮れ時はみじかいのだから。
「もう帰る時間だよユウヒ、」
うん、と声もなく頭だけで頷く。これから少年はまたひとりになるんだろうか。
「暗くなってしまう前に階段を降りて、坂を降りて町に戻るんだよ」
「うん、わかってる」
ああ、あんなに好きと言ってくれているのに、わたしには空を染めることしかできないなんて。こんなに短い時間だなんて。
夕日はいたたまれなかった。

「ユウヒ、ひとつお願いをきいてもらっていい?」
ブランコから降りた少年に夕日が声をかける。
「きみのその本を、だれかにみせてあげてほしいんだ」
「……この本を?」
トートバッグに大事にしまった「色の本」。毎日持ってきてくれる、ユウヒの宝物なのだろう。きれいな夕日の色がたくさんのった、きっとどの絵本よりも大切な。
「きっと、きみは独りぼっちじゃなくなるから」
「……ほんとうに?」
「ほんとうに。信じてみて」

帰り道は気をつけてねと最後に言って、少年の背中を見送る。
それからしばらくして、夕日は山の向こうに見えなくなった。
大丈夫、きっとその本が、本の中の色たちが、きみに力をくれるから。

その次の日の昼、高台のブランコが取り壊された。


ブランコがなくなって、立入禁止の柵ができて、ユウヒは高台に来なくなった。
来る日も来る日も姿を見なくて、夕日はさびしかった。
そうか、今はわたしも独りぼっちなんだ。
「ねえ、ユウヒ。今日のわたしは何色かな」
少し泣きたくなって、そうしたら夕立が降った。

雨が降った次の日、空は澄んで雲もなかった。空気もきれいで、こういう日の夕暮れはとてもきれいなんだと、前にユウヒが言っていたことを思い出す。
緑の高台を見下ろしてみる。
「………あっ、」
立入禁止の柵が取り払われて、そこには新しいブランコがあった。
古くなっていたブランコは、新しい木材と新しい太いロープで作り直されている。
それから、高台への階段を上る少年がいた。
「ユウヒ」
はずんだような声で呼びかけると、ユウヒはこちらに元気に手を振る。そして後から階段を上がってきた少女に声をかけた。
「みて、今日の夕日はすっごくきれいだよ」
高台への道のりで少し疲れたように立ち止まっていた少女がこちらを見上げる。そうしてユウヒと同じように、とても嬉しそうに笑うのだ。

ブランコはあいかわらずひとつで、だけどひとりがけけから3人くらいまで座れる大きさになっていた。
そこに今日は、ユウヒと少女が一緒に座る。いつものように帆布のトートバッグから大事に取り出す「色の本」。片端ずつを持ち合って、ユウヒがなれたようにページをめくる。
夕日にとってこれ以上きれいな景色はないと思った。

澄んだ空の夕暮れは、霞んだ雲も雨も霧もなくてとてもとても美しい。山際をはっきりと映し出して、山へ帰る鳥の影さえ、きらきらとまばゆいのだ。
そっと、ふたりに訊いてみる。
「今日のわたしは何色かな」
本を見ていたふたりがあっ、と顔を見合わせて、それからこちらに向かってにっこり笑って、一緒に応えてくれた。
「さんご色!」

ああよかった、もう独りぼっちじゃないんだね。
きみも、わたしも。
少女の名前は「サンゴ」といった。ユウヒと同じ、とてもきれいな名前だった。

『ゆうひに会えるブランコ』

いつか大人になっても忘れないで。
そう願って、夕日はひときわきれいに高台と町と川と田畑を照らした。







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