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【短編】氷の人魚とストロベリーアイスクリーム

たまに遊びに行くおばあちゃんのうちの冷蔵庫は、ちょっと古くて上の方に冷凍庫がある。
おばあちゃんが買い物に出かけ、留守番中にアイスクリームを食べて良いと言ったので、僕は少し背伸びするようにして冷凍庫のドアを開けた。
「あら。あんただれ?」
おばあちゃんの冷凍庫の中には氷の人魚が座っていて、ツンとしてそう言った。
「ぼ、ぼくは、ゆずき、です」
驚くより先におどおどしてしまって僕は答えた。
答えてから(え~どうして~?)と驚いて慌てて冷凍庫を閉めた。閉めてしばらく考えて、またそおっと開いた。氷の人魚はやっぱりいた。さっきより怒っていた。
「ちょっとなんでいきなり閉めるわけ?挨拶とかは?普通、名前聞かれたら、あなたのお名前は?とかきくものでしょ」
「すみません」
僕は謝った。
「あなたのお名前は?」
ふん!と人魚は横を向き、
「名前なんてないわ!」と言った。
えー、自分で聞けって言ったのに…僕はそう思った。思っただけでなく小さい声でつぶやいてしまい、しまったと思ったけれど、遅かった。
「そうよ、聞けっていったのは私だけどね、名前がない悲しさを話したかったのよ」
人魚は急にしんみりとしてみせたが、僕は騙されない。またいつ急にいばられるか分からない。また扉を閉めたほうがいいんじゃないか?でもアイスクリームを出して食べたい。家ではまず食べられないレディボーデンのストロベリー味が食べたい。
「アイス出して良いですか?」
僕は率直に人魚に告げた。人魚の後ろに、おばあちゃんが食べて良いと言ったアイスクリームが見えている。
「はあ?」
「だからあなたの後ろのアイスクリームを取らせてほしいので、少し動いていただけないでしょうか?」
僕は小学四年生にしてはとても上手にお願いしたと思う。
でも氷の人魚はどかなかった。プンとしてこういった。
「私、動けないんだもの」
「じゃあ僕が動かしでもいいですか?」
「いや!さわらないでよ!もしさわられて溶けたら死ぬから!」
人魚はそう叫ぶと少し体を動かしたので、僕はアイスクリームを取り出すことが出来た。
「ありがとうございます。では閉めます」
僕はそう予告して返事を待たずに扉を閉めた。
そして少し考えて、すごく小さなお皿にストロベリーアイスを乗せて爪楊枝を差して、もう一度冷凍庫を開けた。まだ人魚はいた。
「これ、よかったらどうぞ」
僕はストロベリーアイスを人魚の横に置くとまた返事を待たずに扉を閉めた。

ストロベリーアイスクリームを食べ終えて満足した僕は、また人魚のことを思い出してそっと冷凍庫を開けてみる。
「ごちそうさま!」
人魚はご機嫌だった。
「あのう」
僕は良いことを思いついた。
「名前、ストロベリーはどうですか?」
人魚がはっとした顔をする。
「とってもかわいい名前だと思います」
ストロベリー…人魚がつぶやく。
「もし言いにくかったら苺でもかわいいです」
イチゴ…人魚がまたつぶやく。
「ストロベリーにするわ。ありがとう」
人魚は透明な顔でにっこりした。
全身が少しストロベリーアイスの色になっていた。

「ただいま」
おばあちゃんが帰ってきた。
「おばあちゃんの冷凍庫に人魚がいた」
僕はおばあちゃんに報告した。
「ああ。うっかりしてた。そうだった」
おばあちゃんはそういって、キッチンの引き出しから、人魚の形の氷が出来る型を出して僕に見せた。
「ほら、これで作ったのよ」
僕はそれを受け取ってみる。確かに。あの人魚はこの大きさでこの形だった。
「でもなんでしゃべるの?」
「しゃべる?」
おばあちゃんは買ってきたものを冷蔵庫にしまいながら、へんな顔をして僕を振り返った。
「なにがしゃべるの?」
「氷の人魚」
おばあちゃんは冷凍庫を開けた。
氷入れから人魚の形の氷を手にとって眺める。
「これが?」
僕はなんとも答えられない。そのおばあちゃんの手にした人魚はしゃべりそうもなかった。
「ん~…ちょっとイチゴ色のもいる?」
「イチゴ色?」
おばあちゃんは氷入れの中の人魚の氷の中から、うっすらとピンクの人魚をみつけた。
「それ。それ、しゃべるから。ストロベリーっていう名前だし。
ね、おばあちゃん、その人魚は使わないでずっと冷凍庫に入れておいてよ。それで時々イチゴのアイスクリームを食べさせてあげて!」
僕はいつもへんてこな作り話をすることで家族の中で有名なので、おばあちゃんは笑って「はいはい」と言った。
「絶対にアイス食べさせてあげてよ。イチゴのね」
おばあちゃんはまた「はいはい」と言った。
きっとそのうち人魚はおばあちゃんと仲良くなるだろう。
僕が次にここに来るときは、もう透明じゃなくて、すっかりストロベリーアイスクリームで出来た人魚になっているだろう。


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