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熊さんにあげるケーキ

*「ほおずき風船と魔女の森」の続きです
https://note.com/mimoza222mimoza/n/ne7c210bbb9b3

澄美すみ は、ほおずき風船をくれた熊さんに会いたかった。会って風船を返せなくなったことをあやまって、眠りの目薬を魔女からもらえたお礼を言いたかったが、あの幻のような流れで出会った熊にどうやったら再び会えるか分からないと思った。
ふいに気がつく。あの熊は、どこかで見たことのある熊だった。そうだ、商店街のはじっこの古道具屋の前に立っている熊さんだ。どうしてすぐ気がつかなかったのだろう。
澄美は大急ぎで自分の焼いたパイナップル入りパウンドケーキを持って商店街に行こうと思った。
しかし上手に焼けたケーキはもうなかった。
澄美に黙って家族が食べてしまったのだ。放置された皿の上にぽろぽろしたかけらだけ、残っていた。澄美は泣きそうになった。さっきまでのはずんだ気持ちが一気に悲しみのそこまで沈み込んでしまった。目の端に嫌な金色の妖精がちらりと見えたような気がした。
泣くまいと涙をこらえて、ぼんやりと窓を開け、ケーキのくずを庭にこぼした。すると数羽のお腹の赤い小鳥がぱあっと飛んできて、あっというまにケーキのかけらをつついて食べ、またどこかに飛び去っていった。澄美はぽかんとした顔でそれを見ていた。小鳥たちが去ってもまだぽかん、という顔のまま、窓から外を見ていた。
その顔がもとの泣きそうな顔になる前に小鳥たちが窓辺に戻ってきた。澄美ちゃん、手を出して。髪に結んだ蝙蝠リボンがささやく。澄美はそっと両手のひらを差し出した。
小鳥たちはその手にぽとりぽとりと足につかんできた物を落とす。
胡桃。栗。小さな小さな林檎。そして飛び去っていった。
「さあ、新しいケーキを焼いてよ」
蝙蝠リボンが明るく言う。
澄美は黙って頷いた。手のひらを動かさずそのままに。栗のイガが刺さらないように。でも刺さってしまってもかまわない。痛くないような、痛くてもいいような。
だってこれできっと熊さんのためにとびきりのケーキが作れるから。

(了)


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