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種の旅行社

シャボン玉がふくらんでふくらんでとうとう弾ける寸前のような、バラバラに飛んで行く寸前のたんぽぽのわたげを見ていたら旅に行きたくなった。
「当店『種の旅行社』ではまず基本の3プランがございます」
カエルがいう。
「ひとつめは『たんぽぽコース』。たんぽぽのわたげといっしょに空の旅をお楽しみいただけます。今のお客さまの気持ちにぴったりといえるでしょう」
カエルはにこっと私にほほえみかける。
「じゃあふたつめは?」
しーっ。カエルがいう。
「ちゃんと説明しますからだまって聞いててください」
わたしはだまる。
「ふたつめは『ねこのせなかコース』です。
ちくちくくっつく草のたねになって、猫のせなかにくっついて旅をします。猫好きの方におすすめです。またあまり遠くまで行きすぎないという安心感のあるプランでございます」
わたしはだまってつぎを待つ。
「みっつめは『鳥のふんコース』です。種ごと鳥に食べられるさくらんぼの種なんかといっしょに鳥のおなかに入り、そのまま高い空を旅します。どこに落ちることになるかわからないスリリングなコースです」
「どこに落ちるかわからないのはたんぽぽコースだって同じでしょ?」
わたしがつっこみを入れたのでカエルはとても嫌な顔をする。まだ質問してはいけなかったのだ。客なのに。
でもしかたなく、すみません、と言ってまただまる。
「あなたほんとに『たんぽぽコース』と『鳥のふんコース』が同じと思いますか?かたや妖精のようにふんわりと風にのって風まかせの旅、かたや鳥に食べられて落ちるまではまっくら闇の中という大冒険のすえ、フンまみれになって急降下!ですよ!」
「鳥のおなかの中で私は消化されちゃわないかしら?」
心配になってつぶやく。まだつぶやいてはいけなかったのでカエルがせきばらいをする。
「そんな危険にまったくたいしょしていないとでも?この『種の旅行社』が?」
カエルの大声でいっせいにたんぽぽのわたげが飛んでふわふわする。
「さあ、どのコースがいいですか?」
まず決まっているのは『鳥のふんコース』はいやだということだ。あとのふたつはなかなか魅力的に思える。
うーん…どっちがいいかしら…
想像してみる。カエルのいうように、妖精のようにたんぽぽのわたげで飛ぶわたし。またはあたたかくふかふかの猫のせなかにくっついて町内をめぐる旅。
「そうねえ…決めがたいわねえ…」
「どっちがいいかしらねえ…カエルさんのおすすめはどっち?」
私が迷っているうちに、さっきあんなにしゃべるなと言っていたくせに、カエルはだまりこんで何も言わなくなった。
私の机の上にあった『種の旅行社』はもう営業時間が終わってしまったのだ。ああ、もっと早くどちらにするか決めて申し込むんだった。
私はベッドにもぐりこみ、このまま寝るとたぶん『鳥のふんコース』の夢だな…と思いながら眠りについた。


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