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池波正太郎『池波正太郎の銀座日記(全)』新潮文庫

食通のおじ(い)さんのイメージがあった池波正太郎。昭和の最後頃の彼のコラムを集めた本である。読んでみると、たしかにおいしいものを食べる話が多いのだが、決して高級な食事を好む美食家ではなく、山の上ホテルの天ぷら屋で「悪いけどご飯に醤油をたらしていい?」と頼むなど、自分が好きな食べ物を好きに食べたい人だったようだ。とはいえ、銀座に出るたびに本当によく食べている。そしてしょっちゅう映画の試写会に出ている。読んだ川口松太郎は「食べ過ぎ、飲みすぎ、(映画を)見すぎ」と感想をもらしたらしい。まったくだ。

銀座をぶらぶらするのが大好きで、雪が降るとうらめしそうに家で仕事している。試写の映画を見て、ついでに銀座で食事する。いかにも楽しそうで、うらやましくなった。好きなことを目いっぱい楽しんでいる生活だ。人間関係も適度につきあって、決して入り込んだ関係にはならない。お酒は飲むが、夜に仕事があるときは軽めで止める。ときどき血圧も計る。食べ過ぎると消化薬をのむ。それなのに最後は体調を崩して食べたいものも食べられなくなり入院。急性白血病。まだ67歳だった。

この本に描かれた日本をわたしも知っている。日航機墜落、ロス疑惑。東京のJRはまだ「国電」と呼ばれていた。池波は「日本がだんだんおかしくなっていく」と感じており、特に政治家の質の劣化を嘆き、原発が危ないことを指摘する。いまにたいへんな原発事故が起きると予言している。(大事故はほんとうに起きてしまった。)

池波は絵も描くことを知らなかった。小説は苦しんで書くが、挿絵を描くときは楽しそうだ。(読んでいるわたしも描きたくなった。)『鬼平犯科帳』や『仕掛け人梅安』をわたしは読むことはないだろうが、この本のことは記憶に残りそうだ。真面目に仕事をし、好きな映画をいっぱい見て、好きな食べ物を食べた人生。悪くないと思う。


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