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レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』村上春樹訳、早川書房

さて、チャンドラーである。え、なんでチャンドラー? まぁ、その理由は置いておいて、わたしが初めて読むチャンドラーなのである。ハードボイルドなのである。そして村上春樹の新訳だ。

村上訳には慣れているから読みやすいだろうと思ったが、そうではなかった。あまりこなれた訳とは思えない。ひょっとして訳しにくい英文なのだろうか。たとえば私立探偵マーロウが「ははん」とよく言うのだが、(これは相槌として喉の奥で鳴らすあの音?)これを字として見ると変な感じだ。ハードボイルドな探偵が「ははん」なんて。あと「てめえをファックしやがれ」とか「わたしを抱きしめてよ、この獣(けだもの)」とか、英語だときびきびしているのだろうけど、日本語訳はなんだかなぁ。そういうレベルで、いかにも外国語の小説の翻訳を読んでいる感覚があった。(この作品は柴田元幸の原文チェックはなかったらしい。)

そして何より、話の筋がわからないのだ。それぞれの場面の「雰囲気」はあふれんばかりだが、実際に起きた内容がよくわからない。小説の最初にマーロウが金持ちの老人に仕事を依頼されるのだが、少し読んでいるうちに「あれ、依頼は何だったっけ?マーロウは何をしようとしてるんだっけ?」とわからなくなってしまった。たとえばマーロウは手錠をかけられていたのになぜ銃で人を殺せたんだ?バックして読み返してもわからない。この小説はあのいかにもハードボイルだぞ、男っぽいぞという雰囲気だけをその場その場で楽しむための小説で、全体のプロットはわからなくてもいいのか。訳者あとがきによると、チャンドラーは筋にこだわらない人だったらしい…。「〇〇を殺したのはけっきょく誰だったのか」と訊かれて「わたしもわからない」と答えたらしい…。おいおいおい。

まぁ、とにかく、これを読む人はマーロウという男の渋さ、冷静沈着ぶり、酒好き、女はきっと好きなんだろうけど(特にあまり頭のよくないブロンド女の脚を見るのが好き)それを冷たく雑に扱う様子、などなどを読んで楽しめばいいのである。そして村上春樹がこの作家を好きで訳しているというのも、わかる気がする。村上さんの女性の描き方はとかく評判が悪いけど、このチャンドラーの古びた女性観の影響はかなりあるなと思った。やれやれ。



(うちの古いものシリーズ。イギリスのロイヤル・ドルトンのティカップ。これは相当古そうです。)

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