初めての資金調達②
そう、私には心強い助っ人がいた。
彼は私のパートナーで、菩薩のような性格なので、以下「ぼ氏」と呼ぶ。会社の話をするのであれば本当は欠かせない存在なのだが、書きそびれていたのだった。
ぼ氏はある企業(出版ではない)の経理職に就いていて、数字に滅法強く、私から見ると魔法のようにExcelを使いこなしている。事業計画書や損益計算書などは普段の業務でも見慣れているらしい。
何より性格が温厚で、どんな質問をしても常に穏やかに教えてくれるし、知らないことがあれば率先して調べてくれる。誰かの役に立ちたい気持ちが溢れ出ている人だ。私に対してだけでなく、勤務先の業務でもいつもそう(フルリモートで家で仕事しているので、オンラインの打合せが聞こえてくる)。
ちなみに、私の会社の法人登記も本来は司法書士さんにお願いするところを、ぼ氏の性格の良さと勉強熱心な性格を見込んで(つけ込んでとも言う)頼んでみた。結果は予想通り、「やったことないけど、やってみる!」と二つ返事で、ネットや本で調べながら進めてくれた。私は必要な法的書類を集めたり、法務局に行ったり、言われるがままに動いただけという体たらく。
ただし、仕事をする上での私のモットーは「労働には正当な対価を」なので、ぼ氏にも他の人にも手伝ってもらったら必ず報酬を払うようにしている。ただ働きはさせない、しないを常に心がけたい(ただ働きさせないよりも、自分がしないことの方が実は難しかったりするけど、これは余談ですね)。
法人登記以外でも、会社を始めてからの確定申告や経理周りは、ぼ氏の手厚いサポートを受けていたので、私はすっかり味を占めていた。今回の資金調達でも諸々の書類の数字に関するところは、ぼ氏に丸投げする気満々だったのだ(ひどい)。
だが、そうは問屋がおろさなかった。
✴︎
書類のサンプルを見ても全く分からず、「なんかいい感じでまるっとよろしく」という空気を出してみたのだが、ぼ氏からびしばし質問が飛んでくる。会社の現状や展望を数字で表わすには、本をつくるのにかかる金額や必要となる人件費、売上の見込みなど諸々の経費の算出が必要で、それは私にしか分からないのだった。
ぼ氏に丸投げしようという甘い考えは早々に打ち砕かれ、結局私のイメージや予算感を伝えて一緒に作っていくことになった……。
新企画を読者に届けるまでに発生するのは、印刷代、印税、デザイン費、校閲費、倉庫代、宣伝費など。ひとつひとつの予算を考える。
余談だが、会社員だった時はもっとお気楽で深刻にお金のことを考えないまま来てしまった気がする。限られた予算の中で良い本をつくりたいという気持ちはあっても、本にかかわるお金について心底考え抜いたかと聞かれると自信がない。
独立しても数字に弱いのは変わらないものの、必要経費を考えることは、本という商品の設計図を引いていくことなのだと実感するようになった。会社員時代に見ていたよりも、もう少し大きな視点で、本を読み手に届けるまでにかかるお金の全体像を把握しなければという気持ちが出てきた(今更ではあるが)。よちよち歩きでも経営者になったことで、同じ本をつくる作業でも見える景色が変わったのは素直に面白かった。
今回の諸々の計画書も、蓋を開けてみれば企画全体の設計図を具体的な数字に落とし込んでいく作業だったので、なんだかんだ楽しみながら進んだ。
✴︎
ところで、今回資金調達を目指すのは新しい企画のためで、それもシリーズなので続々と刊行していく予定があった。月次資金繰計画表という書類にはそのシリーズを出す前後に毎月どの位のお金が必要で、どの位の売上が入ってくる見込みなのかを細かく書き入れていたのだが、ここに思わぬトラップがあった。
面談の時にチェックしてくれていた診断士さんに、驚きの言葉をかけられたのだ。
「この計画通りに行くとすると、ずっとお金が足りていますし融資を受ける必要ないですよね? 後々にはきちんとお金を返せるけど、その前に初期投資として融資が必要なんだってことを伝えた方がいいですよ!」
完全に目から鱗だった。
私としてはスムーズに売上が立って、間違いなくお金を返していけるということを強調するために理想の数字の流れを作っていたのだけど、金融機関が見るポイントはそこだけではないようだった。勿論きちんと返済能力があるかは見られるのだろうが、融資が実際に必要なのか含めて検討されるのだ。
つまり、書類上で「お金が足りない」ということを強調する必要があったわけだ。指摘を受けるまで想像もしていなかった。
実はぼ氏は、私のプランがドリーム過ぎると思ったのか、もっと緩やかに売上が入ってくるパターンの計画もこっそり作ってくれていた。それによると、確かに資金ショートするタイミングが出てくる。有難くそちらをベースに直していくことになった。
そして、完成させた書類を何とか提出した。
いざ提出しようとしたら微妙に数字が合っていない箇所があることが判明して、慌ててビルの下にあるコンビニでプリントして出し直したりしたけど……。最後にバタバタして法務局に2回タクシーで乗り付けたりしたけど……。何なら別の診断士さんのチェックでまた誤りが判明して、表参道のギャラリーから杉並区の窓口に呼び戻されたりしたけど……。
とにかく診断士さんとぼ氏のおかげで杉並区のチェックは通った!
これで全部終わった!!
と言いたいところだが、まだ全然話は終わっておらず、この後は金融機関のチェック、面談が控えていた。どこの金融機関に融資を頼むかは自分で選ぶことができて(杉並区内の金融機関のリストをいただいていた)、書類を準備している間に目星をつけて、コンタクトをとっておくようにと診断士さんに言われていたのだ。
金融機関に融資のことで話をするだなんて、会社員時代は考えられなかった。それに、私には金融機関にまつわるトラウマがあったのだ……。
続きます! 次回は金融機関の選び方と冷や汗面談編です。
新刊発売中!
『魔女のカレンダー』万城目学
誕生日を迎える方に、特別な本を贈りませんか?