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カンボジア貧困の理由をあなたは知っているか?

旅に行くと決めた時、まず東南アジアを回ることに決め、カンボジアは行こうとなんとなく決めていた。いろいろ調べていると、どうやらキリングフィールドという、名前からしておぞましい場所があるらしく、世界の歴史を学ぶため訪れることにした。

カンボジアのメコン川で朝日をみる日々。キリングフィールドへ向かう前、友達のたいし君がTwitterでリプライをくれた。

たいし君は、シリコンバレーでたぶん奮闘中のエンジニア。最近までシリコンバレーの賞金稼ぎハッカーだったらしいが、初めて会った時はカオスな流浪人を名乗っていた。

「らしい、たぶん」が続くのは、とりあえず訳のわからない友達だからなのだけど、シリコンバレー再挑戦中のnoteがすごく面白かったので、硬い話に嫌気がさす人はそちらをば。

と、話が少しそれたけど、そんな変な友達でも、キリングフィールドはかなり憂鬱になるらしく、相当気合が必要らしい。

ひとり旅は孤独なので友達からの連絡はすごく励みになる。気合いを入れて「カンボジア貧困の理由」をこの目で確かめに行くことにした。

カンボジア大虐殺の歴史

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1975年から1979年までに続いたポルポト政権の間、全人口800万人の内、約300百万にのぼる人々が、飢えや貧困、強制労働により命を落としたと推定されている。カンボジア大虐殺だ。

人口の3人に1人が殺された計算になり、恐ろしいのは、同じ同胞であるカンボジア人による大虐殺が行われたこと。

主導者のポルポトは「完全なる自給自足を目指し、農民こそが英雄」だと謳った。それに反するものは殺された。

彼は革命以前、フランスに留学し、マルクスの提唱する共産主義、中国の毛沢東の理論に感化される。

その後、カンボジアの内戦を終わらせ、一時は英雄視される。しかし、人々に待っていたのは、ポルポト政権による共産主義を実現するための、極端な自国民の大虐殺だった。

常に疑心暗着だったポルポト政権は、反対する者、疑わしき者は全て抹殺するという考え方で、ただメガネをかける者でも、知識人と見なし虐殺した。

今カンボジアが発展途上なのは、当時ほとんどの知識人が殺されたのが理由の一つである。

過去の歴史を語り続ける場

この残酷すぎる大虐殺の歴史を今も伝え続けるのが、プノンペンの強制収容所のS21(トゥールスレン虐殺博物館)とキリングフィールド

当時この場所がどのように使われ、被収容者がどんな状況だったのか、音声ガイドのナレーションを聞き、イメージを膨らませる。

あまりに信じられない残酷な内容なので、ナレーターから「ベンチに座りながら聞き、気持ち悪くなったらすぐに音声を止めてください」そう言われる。

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(ベンチに座り収容所を見ながら、壮絶な歴史を聞き想像する)

反政府因子と見なされたものは、S21に運ばれ、想像を絶する拷問が行われる。ナレーションが語る壮絶な拷問に思わず、じっとしてはいられない。

ありもしない犯罪を被収容者に自白させるまで尋問を行い、自白すると処刑場となるキリングフィールドへ運ばれる。キリングフィールドでは、その当時を物語る歴史の跡が今も残っている。

・叫び声を抑えるため、喉を切るのに使われる硬い木の葉
・処刑場に残る骨のような白いかけら
・平和を装い、叫び声をかき消すため流されていた革命歌
・赤ちゃんを叩きつけて殺すキリングツリー

とても人間がやったとは思えない壮絶な過去を物語る跡。でも実際に起きた現実の話。あまりの壮絶な内容に何度も言葉を失った。

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(*キリングフィールドとS21から少し離れており、タクシーで25分ぐらい。1日に2つ訪れるのはかなり体力がいるので、余裕があるなら2日に分けていくのがおすすめ)

アンジェの映画で想像の解像度を上げる

S21とキリングフィールドを訪れた後、Netflixオリジナルの「最初に父が殺された」をみた。これは女優アンジェリーナ・ジョリーが初めて監督を務めた映画。

アンジェは映画「トゥームレイダー」でカンボジアを訪れた際、カンボジアの歴史に衝撃を受け、映画を撮るに至ったらしい。また、長男のマドックス君をカンボジアから養子に迎えている。

この映画は、たぶん歴史的背景を知らずに観たら、少し物足りない感じを受けると思う。

しかし、キリングフィールドを訪れた後に映画をみると、音声ガイドで想像したイメージがよりリアルになる。可能なら訪れた後にみるのがおすすめ。

「この映画は、私のカンボジアへの感謝を表したものです。この国に来ることがなければ、母親になることもなかった。この国のこと、息子であるマドックスの両親が経験したかもしれないことを理解したかった。この映画の目的は、戦争という状況で子どもたちが直面する恐怖を語って、彼らを守る手助けをしようと伝えること」


実際に起きたファクトに目を向ける

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どれだけ教科書やネットで情報を学んだとしても、それは情報でしかない。実際に見て感じて、その場所を訪れることに価値があるということを再確認した。

観光客として表面の部分しか見えてないと思うけれども、事実やファクトが、歴史があったことを認識するには自分の目で見ないといけない。

これは、遥か過去に起きたことではない。日本に原発が落とされた後に起きた、約30年ちょっと前のことである。

今もまだカンボジアの人々はそこから立ち上がろうとしているところ。人々の中にはこの歴史を語りたがらない人も多いらしい。それでも、カンボジアの人たちは優しく、これを知った後は少し複雑な気持ちになった。

歴史はもしかしたらそこまで役に立たないことかもしれない。それでも、今の生活があることは、過去の歴史から成り立っている。そして、生まれた時間と場所が違っただけであり得たもう一つの世界線でもある。

もし余力があるなら、カンボジアを訪れた際、1人でも多くの人にこの場を訪れてほしい。

いただいたサポートは健やかな生活と、人生の探求の道に使わせていただき、noteでその記録をお届けします。