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介護3の父に、心からありがとうの日。

今日は、老人ホームにいる父が楽しみにしてる、「帰宅遠足の日」でした。帰宅はお正月以来だったので、とても楽しみだったようです。

介護に不慣れなワタシと妹が、車椅子を押したり、トイレに連れて行ったりする特別な時間。

ふだん、介護のベテラン勢に囲まれ、ソツのない日常を送っている父からすると、私たちのもたつきや、ちょっとした動きの速度などが、とっても不安定らしく、
「をいをいをい!!」
「ああああああ!!」
「ちょっとちょっと!」
と、何度も言うんです。
自分が押してる時にいわれるとイライラもするんだけど、妹が押してる時に騒いでる父を見てると、可笑しくて可笑しくて、笑えるんです。

なにごとも距離感大事。
1人で抱えないも大事。

ランチは、バリアフリーのお寿司屋さんに行きました。
お寿司とお酒が大好きな父と妹が揃うと、食事は自然とお寿司になりがち。
ちなみに、ワタシはお酒を飲まないので、体のいい運転手です。

44歳で心筋梗塞を発症した父は、84歳で介護3になるまで、節制した食生活を自分に課していました。
塩分・糖分・カロリーを控え、アスリート並みにストイックでした。
食事担当だった母も、ウルトラ生真面目でしたから、徹底していました。
初めて母の手料理を食べたとき、うちのオットは
「ここ、大学病院かなにか?」 って、その極端なまでの薄味ご飯に驚いたくらいでしたから。
母が亡くなってから父の自炊生活も、言い方が悪いけど、美味しいというよりは、健康を維持するための制限を崩さない栄養補給で、たまのチートデーで孫とお寿司とか焼肉。
そんな暮らしをしていた父の、いわば晩年である現在。

ホームにいると、栄養や塩分が数値化されていて、それはそれはバランスの取れた美味しい手作りの食事ですが、チートデーがない。
バランスが取れすぎているってのは、遊びがないから喜びが薄い。
羽目をはずせないのは高揚感がない。

なので、今日は、父が食べたいって言ったものは、全部オーダーしました。
熱燗も飲んで、妹のビールまで舐め、もう、食べたいだけ食べ、醤油をひったひたにしてもオッケイ。ガリをがりがり食べてもいいし、プリン体も気にするな。
真面目な妹が、父の塩分摂取に一抹の恐怖を感じていそうだったので、
「これだけ思う存分、好きなように食べたら、いい冥途の土産になるさ」
と、先日聞いてきた落語の世界線みたいな台詞でまとめたワタシ。
小声だったし、妹に向かっていったので、父に聞こえてないと思ったら、とんでもない!!!
難聴なのにこんなときは冴えてます。

「まだ冥途には当分いかない」
と、そうとう強めに宣言されました。まるで、ワタシが悪いこといっちゃったみたいな感覚でしたが、ああ、イメージ力って大事だっていうけど、最強のを見たなぁって思いました、
死なない。
これ以上のイメージ力はない。
40代から心筋梗塞・不整脈・ガン・脳梗塞×2を経て、現在介護3の車椅子生活。
でも、絶望してない。

ワタシにも子供がいます。
子供はワタシの背中を、きっと見てるよな。と思う日々。
ワタシが、ワタシのことをこう思って欲しい、こう感じて欲しい、こう理解して欲しいっていう面じゃないところを、母親像として持ってるんだろうなぁと、思います、だって自分だってそうだったもん。
それが怖い時もあるし、それでいいって思えるときもある。

父の生きざまをまじまじと見ていると、
これを見せてもらってるんだなぁってしみじみする。子供たちに、こう見て欲しいなんて思うことが、おこがましいことだっていう気づきがポタポタと降ってきて、ワタシのプライドを溶かしてくれる。

井上陽水の歌詞じゃないけど

それは、いいことだろう。(傘がないより)

ありがと、パパりん。

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