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まるで甘ったるいリキュールのような

 ただ、肌に触れたいと欲情することから始まる恋もある。
 むしろそっちの方が人間として自然ではないかとさえ思う。
 それなのに、私たちは頭で考えすぎることが多い。

 生まれも育ちも、趣味も嗜好も違うのに、好きになると予感するのに2秒もかからなかった。全く好みの顔ではないのに、私に向けられた笑顔を見たときには恋に落ちたことを確信した。その肌の温度を知ったときにはすでに、次に触れる瞬間を待ちきれないと思った。

 完璧だった。日曜日の午後、澄みきった空と傾きかけの太陽。当たり前のように、リモコンを操作する彼の背中をべットに腰掛け茫然と眺める。
 ゆっくりと流れ始めた曲の、甘ったるいリキュールのような音色を味わいながら昨夜を思い出す。それは体内に流れこんできて、私を体の奥の部分からじんわりと温める。

 あの夜、彼はいった。君の全てを知りたいと。私を見つめる彼の目が、あまりにも切なかったので、私は小さく首を振ることしかできなかった。

 さっきまで、昨日聴いていた曲の話をしていたのに、いま二人の間の空気は雨の日の浴槽のように濃い。まるでレーズン入りのバターサンドのように、悲しい幸福で満ちている。
 午後が終わりに差し掛かったひととき、それは細長い建物を上から下まで何回か行ったり来たりするくらいの時間。私と彼は、黙って横になり流れている音楽に耳を傾ける。ただお互いの体温を分け合って、呼吸を感じているうちに、瞼が完全にとじたところで、ぱちん。終了のアラーム。

 別れの瞬間が最も甘かった。ちいさな瓶の底に残ったアガベシロップのように。私はそれを人差し指ですくい取り、ゆっくりと口に運ぶ。あなたの茶色い瞳は私を捉えたまま離さない。蛇に睨まれた小鳥がその場から動けないように、私は目を逸らすことができない。

 いったい私はどこへ向かっているのだろう。

#恋愛 #エッセイ #瞬間