投票

俺の知り合いには色んな温度感で音楽をやっている人がいて、その中には明日のスターを夢みるシンガーソングライターなんかもいる。

その内のひとりが、ある日急にLINEを送ってきた。
内容を要約すると「ライブに出るために、このURLから投票してください」と。
いわゆる「投票制オーディション」というやつだ。
多分、最後の追い込み的に、普段関わりも薄い俺にまでダメ元で依頼してきたようだった。

色々言いたいことはあった。
ただ俺が一番悲しかったのは「曲を聞いて良いと思ったら」とか「私がライブに出るにふさわしいと思ったら」とか、そういった言葉はなく、ただ「とりあえず投票してくれ」という感じのメッセージだったことだ。

当然既読スルーした。
理由は単純に「あまりにもミュージシャンシップに則っていないから」。「政策は見なくていいから、とりあえず〇〇党の□□に投票してくれ」的な、無能な地方政治家の選挙活動のように俺の目には映った。

別にその子のことを責めるつもりはない。
本当に批判すべきなのは「投票制オーディションの制度そのもの」である。

「オーディション」と名乗るからには、エントリーされている全ての曲を聞いた上で審査するのが筋だと思う。

ただ、短いオーディション期間の中で、膨大な数のミュージシャンの曲を聴いて、良し悪しを判定した上で投票するなんてリスナーは出来ない。
そこまで暇じゃないし、無給でそこまでの労力を費やす意味もわからない。

当然、投票される側のミュージシャンもそんなお願いは出来ない。
その結果「とりあえずなんでもいいから投票してくれ」という依頼になってしまう。

俺は思う。
膨大な数のミュージシャンから「発掘」するのは、リスナーではなく、レーベルやイベンターの人間の仕事だ、と。

誰にも知られていないが、自分がいいと思えるミュージシャンを「発掘したい」、そんな素晴らしい仕事がしたいと、熱い思いをエントリーシートに書き、入社して給料を貰っているハズなのに、いざやっていることはデスクに座ってWEB投票の集計なのである。

そんな仕事のやり方でいいなら音楽のことなんにも知らない小学生でも出来る。
都会の一等地にオフィスを構える必要もない。

そして一番腹が立つのは、投票制にすることで「全国のバンドから公平に選びました感」、言い換えれば「仕事しました感」を出そうとしていることだ。

前述の通り、現場では実質音楽なんて関係のない投票が行われている。
これは音楽の投票じゃない。「熱狂的なファンの数対決」だ。

ただ、別にファンの数で決めたいのならそれはそれで構わないと思う。
興行として客が入るのも大事なことだとは思う。
ならせめて箱に足を運べよと思うのだ。情熱を持てよ、それが仕事だろ、と。

ここからは俺の想像だが、結局そのミュージシャンが思うように売れなかった時の「保険」をレーベルやイベンターの社員たちが掛けたいのではないか。

自分の担当したミューシャンが売れなくて上司から怒られた時に「投票で選んだので売れると思ってました」と、その責任をリスナー側に押し付ける為に投票オーディション制にするのではないか。
そう考えると、本当にただの会社員。ますます誰でも出来る仕事になる。
そしてそんな薄い責任感の中で育ててもらったミュージシャンが大成するとも思わない。

私はこれからもミュージシャンに選挙活動させるような投票制オーディションに反対し続けるし、誰かに投票してくれと言われても投票しない。ましてや自分も出ない。
もしよく分からず私が出たオーディションに投票制の審査が組み込まれていたら「投票してくれるな」と言います。
「こんなもん、音楽の審査じゃない」って。

あとレーベル、イベンター関係者各位。
こんな仕事をしているのに「俺は音楽業界を支えてる!」なんて思わないでほしい。
あなたたちがやっているのは「集計」の作業だ。お間違えなき様。

(この記事は、2020年6月に別名義で執筆したnoteに加筆修正を加えて公開するものです)


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