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がめつい娘と父の日

父が元気だった頃、
毎年6月の2週目あたりに電話がかかってきていた。

父と離れて暮らすようになって、
最初の年の6月。
父からの突然の電話があまりにも「らしい」内容だったので、
怒りというか、呆れというか、
「もう本当にこの人は……」という気分になって笑ってしまったのを覚えている。


「今日はな、大事な大事な話があって電話してんけどな。あんな、ミーはアホやから、もしかして忘れとったらあかん思うて。今度の日曜日、何の日かご存知ですかね?ご存知やったらええねんけど、ご存知ちゃうかったら教えとこう思って」

「え?なんの話?」

「あ、あかんな。ミーはやっぱりご存知ないか。やっぱりアホやな」

「……パパの子だからね、アホなのよ。何の話よ!」

「うん。まぁ、教えといてあげるけどな、毎年6月の第3日曜は『父の日』です」

「……はぁ」

「パパはな、ミーの父やろ。その父の日が近づいてますがご準備はお済みですか?って話や」

「ご準備、って何?」

「かー!!やっぱりおまえさん、アホやな!ビックリするわ!だからやな、わしに父の日のプレゼントは送ったんかいな、と聞いとるんよ!」

「送ってないよ。送ってるわけないじゃん!」

遊び人で家にいたりいなかったりした、
尊敬や感謝とはかけ離れたところにいた父に
「お父さん、いつもありがとう」だなんて、
言ったこともなかったし、何かをプレゼントしたこともそれまで一度もなかった。

それなのに、離れて暮らしだしたら突然電話をかけてきて、父の日のプレゼントを要求してくるなんて。
私は脱力した。

「今からでも遅くないから!はよ!はよ!急ぎなはれ!」

「ええ?父の日のプレゼントをおくれって電話?」

「もうほんまにビックリやわー。もしかしたら忘れてるんちゃうか、って心配になってかけたら案の定や。危なかったな!教えてもろてよかったな!ほな!プレゼント待ってます〜」

自分の娘をアホ呼ばわりし、父の日のプレゼントを要求してきた父は一方的に電話を切った。
なんだかよくわからないけど、
「はよ!はよ!急ぎなはれ!」の声に慌てた私は

〈父の日 プレゼント〉で検索をかける。

高級なお酒とか、ゴルフグッズとか、ネクタイや下着。「父の日」のプレゼントに良さそうなものが並んでいる。

どうしようかと悩んだが、
珍しいクラフトビールのセットが目に入った。
こういうプレゼントを選ぶ際、私はついつい、
(いいなぁ。私もこういうの欲しいな。食べてみたいな、飲んでみたいな)
という、自分の欲するものへと目がいく。

おしゃれで色とりどりのラベルが貼られたビールのセット。これ、私も飲んでみたい!
父の日に間に合うようにビールを注文した私は、
父に電話をしてこう言った。

「父の日にね、ビールをおくったんだけどね」
 
「おう!でかした!おまえやっぱり、できる子やな!けど、まだ届いてへんで」

「うん。父の日に届くと思うんだけどさ、それ届いたら、私も飲みたいから全部飲まないで。とっといて」

「はい?」

「おいしそうなのよ。私も飲みたいから、お盆に帰るからその時までとっといて」

「がめつっ!!パパのビールなんやろ?それをおまえ、自分も飲みたいからとっとけって」

「冗談だよ。飲んでもいーよ」

「しゃーないな。とっといてやるからお盆に帰ってきたら飲んだらええ」
父の声は笑っていた。

半分本気、半分冗談だった
「父の日のプレゼントが届いてもお盆までとっておいてくれ」という娘の要望に笑い声で応えた父。
(約束したけど、パパのことだから全部飲んじゃうかな)と思っていたが、
その2ヶ月後、盆に帰省をすると、届いた時の状態のまましっかり全部とってあった。

「飲もうや、飲もうや!おまえが飲むな、言うからパパは我慢してとってたでぇ。一緒に飲も!はよ飲もう!!」

普段自分では買うことのない珍しいビールを父と一緒に飲み比べてみる。
どれを飲んでも「うまい!うまいっ!」と言うので、
(パパは味の違いがわからないんじゃないか)と心配になったが、たしかにどれもおいしかった。

その翌年からも6月の2週目になると、父から電話がかかってきた。
毎年同じ感じで、
「次の日曜日は何の日かご存知ですか?」
「お忘れかと思いましてね」
「ミーはアホやから」
「迫ってますよ、パパの日が」

私が「もうおくったよ」と返すと、
「ミーはパパに似て賢い子ぉやなぁ」と返ってくる。
そして、
「そやかて、届いてもまたお盆までお預けやんなぁ」と笑っていた。

「さすがに私も6月の第3日曜が父の日だって覚えたからもう確認の電話はいらない」と伝えても、
「ほら、おまえ、アホやから」と譲らず、
「次の日曜日は何の日かご存知ですか〜?」の電話は続いた。

私もいつのまにかそれがお楽しみ行事のようになり、
父の日には「自分が食べたい、飲みたいもの」を送って、
盆にはそれを楽しみに帰るようになった。

プレミアム焼酎に、金賞日本酒の詰め合わせ、全国の珍味おつまみセット……。
どれも「父の日ありがとう」の贈り物のはずなのに、
盆には私の口に入った。
その時に飲みきれなかった分を私がもらって帰ろうとしたら、
「がめつっ!」と言って笑われた。


尊敬も感謝もしていなかったはずの父がいなくなって5年。
もう確認の電話はこないけど、
6月の第3日曜が父の日だということは
毎年しっかり思い出す。


#エッセイ部門

こんなところまで読んでいただけていることがまず嬉しいです。そのうえサポート!!ひいいっ!!嬉しくて舞い上がって大変なことになりそうです。