さんかくおやまのおいなりさん ~フジ子さんの話4~
いなり寿司といえば、三角だと思い込んでいた。関東に住むまでは。
関西人はおいなりさんが好きだ。小さい頃から食事を作るのが面倒な日に母親が買ってくるもののド定番であり、花見や運動会の時には必ずどっかのおばさんの十八番らしい、紙皿に乗せられたおいなりさんがなかば無理やり回ってくるのが当たり前だった。
関西人はうどん屋に入ってうどんだけを食べることが、まずない。うどんにはセットの丼か、おにぎりかおいなりさんをつけるのがセオリーである。若い男の子がうどん単品で頼もうものなら「なにあんた、そんだけで足るのん?若いねんからもっと食べなあかんで!」と、勝手におばちゃんの判断でサービスのおにぎりがどん、と脇に置かれたりする。
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フジ子さんも関西のおばちゃんの例に漏れず、おいなりさんが好きなようだった。
病状が悪化し、往診をお願いするようになってからは、いつも誰かが出入りしているフジ子さんちだったが、まれに午後から夕食の時間まで誰も入れない時もある。
そんな時、ひとりで外出できないうえにパニック障害を持つフジ子さんは、どうしようもなく不安になるらしく、「夜ご飯までにお腹すいたらどうしたらええの?すぐ食べれて冷蔵庫に入れんでも大丈夫なもの置いていって!」と、よく近くのスーパーまでミニいなり寿司を買いに行くよう頼まれた。
普通のサイズより小さめに作られたそれは、5個まとめて小さなプラスチックのパックに詰められて、スーパーの店頭にちょこんと並んでいる。こどものふた口分くらいの慎ましやかなサイズで、あっという間に食べてしまえる可愛らしいおいなりさん。
それでも、フジ子さんには量が多すぎるのだった。翌日の朝フジ子さんちを訪ねると、決まって2つか3つほどつまんで、残りはもう食べられないとそのまま置いてあった。
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先日、ちょっとした集まりに持って行く手みやげを探して、持ち帰り寿司店ののれんをくぐった私の前に、チェックのリュックサックを背負ったかわいい男の子と若い女性が座って待っていた。きっと、幼稚園帰りにママとお昼ご飯を買いに来たのだろう。
♪さんかくおやまのおいなりさん みんなでなかよくたべましょね♪
男の子が可愛らしい声で口ずさんでいたのは、聴いたことのない歌だった。もしかしたら彼のオリジナルかもしれない。
ふとショーケースに目をやると、そこにパックに入ったミニいなり寿司が整然と並んでいた。
「すいませーん、いなり寿司も2つください!」
つい勢いで、買ってしまった。
おいなりさんは、私も娘も、そんなに好きじゃないのにな。
ま、いっか。みんなで仲良く食べましょね。
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