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満月の夕


ズゴゴゴゴ…

ズガッ!ズガガガガッ!!



なんの音!?



当時流行っていたパイプ製のロフトベッドで寝ていた私は、地の底から突き上げてくるような轟音に思わず跳ね起きた。


ガッタガタガタガタ…


ダメだ!このままベッドごと崩れて落ちる!

と本気で思った。



1995年1月17日午前5時46分。

それは突然、私の住む街にやってきた。


なんとか激しい揺れに耐えたベッドを抜け出し、あわてて薄暗い外に飛び出した。

空が白みはじめた頃、目の前に広がる光景に私は思わず息を飲んだ。


愛する街が一瞬で、崩壊していた。


今でもあの日のことを思い出すと、勝手に涙が溢れてきてしまう。


私はなんともなかったのに。

柱一本すら壊れることもなく、家族の誰ひとりとしてケガをすることも、なにごともなかったのに。


それでもあの日から、私たちは被災者と呼ばれることになった。

ーーーーー

当時私の住んでいた街は、全国でずっと繰り返し報道されていたらしい被災地のど真ん中だった。

まだほの暗いうちから着の身着のままで、近くの小学校に避難した私たち。パジャマに適当な上着を羽織ったくらいで、何も持たずにとりあえず逃げた。

避難できたはよいものの、明るくなるにつれて街の惨状がどんどん見えてきて、不安だけが募る。

どうやらあちこちで火の手が上がっているらしく、遠くの方に見えていた煙がだんだん濃くなり、辺りは不穏な匂いに包まれる。


いたるところで空はもう、真っ赤だ。


「燃えているらしい」とみんなが口々に言う場所のなかでも、うちから一番近いところ。

すぐそばまで様子を見に行ってみたら、生まれてこのかたテレビのニュースでも映画でも見たことのないような景色がそこに広がっていた。


これは、地獄というやつじゃないのか。

私は、いったいいま何を見ているのだろうか。


蜃気楼のような現実味のない景色。

けれど、じきに神経を刺すような匂いと空気の温度が現実へと引き戻していく。

頬が、熱い。

夢じゃない。燃えているんだ、本当に。


「火が!2国まで迫っとるんや!あれ越えてきたら、ここももうアカンかもしれへん!みんな、逃げる用意しときや!!」


見知らぬ誰かの声。

一斉に不安という名の暗い影に包まれるたくさんのひとびと。


火の手があの広い道路を越えたら、私の住む地区までへも迫り来るのはどうやら避けられないらしい。

どうか、どうか、火があそこを越えませんように。

私は、身勝手すぎる願いを、ただ天に祈るほか、なかった。

ーーーーー

結局道路を越えなかったその火は、私の住む街のすぐ隣まで来てなにもかもを燃やし尽くし、辺りは一面の焼け野原になった。

教科書で見たことがある、戦後の日本の、色のない写真。

同じようなモノクロの景色がそこらじゅうに広がっていた。


ただただ呆然と立ちすくむひと。

まだ煙の立ち上る焼け跡で、懸命になにかを探すひと。

ぐにゃりとゆがんで焦げた鉄筋。

散乱した、割れた茶碗。溶けたプラスチックのなにか。ガレージの三輪車。


なにもかもが、現実離れしていて、自分の街じゃないみたいだった。


ここはいったい、どこなんだ。

私はなぜ、ここに立っている。


思考なんて何の役にも立たない。


すぐにそのことに気づいた。


やるべきこと、が現実に私を連れ戻してくれた。

考えるよりも先に、身体が動いていた。


いまは、とにかくなにかできることを。

ここでやれることを、やるしかないんだ。


あの時、焼け野原を目の当たりにしてからの、あの街のみんなのスピードは異様に早かったように思う。

生きとし生けるものすべてが、『やるべきなにか』に憑りつかれたように、それぞれの場所で、それぞれにできることを、とにかく探しはじめた。

それを希望、と呼ぶひとも、いた。

ーーーーー

「神戸の復興は早かった」とよく言われる。

それは確かに真実だ、と思う。

私の愛する街は、ものすごいスピードで復興へと走り出し、ひとびとはなすべきことを得て、生きていくことを赦されたような気持ちで、一丸となってそれに取り組んでいるように見えた。


それが良いことだったのか、なんていう思考は恐らく何の役にも立たない。

考えずに走り出したからこそ、今のこの街がある。


その姿はあの日からずいぶん様変わりしたことだろう。

本当にこれで良かったのか、と今も心に問うひともいるだろう。


被災者という名称をあまりに遠く感じていた私にできることは、あの当時もいまも、そんなにない。


2020年1月17日。


25年という時間が流れて。

あの日の私が感じた想い、胸にしまいこんでいた焦げ臭い想いを、拙くともせめて誰かに語り継ぐこと。いまの私の想いをここに綴ること。


それくらいしか、できることがないような気がした。

それが良いことなのか、ほかにできることはないのか、いくら考え続けても、答えは出ない。


午前5時46分。


空を見上げて、あの日を想う。


愛する私の街で。


ーーーーー

満月の夕/ソウルフラワーユニオン

風が吹く 港の方から 焼けあとを包むようにおどす風
悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕(ゆうべ)

時を超え国境線から 幾千里のがれきの町に立つ
この胸の振り子は鳴らす “今”を刻むため

飼い主をなくした柴が 同胞とじゃれながら車道(みち)を往(ゆ)く
解き放たれすべてを笑う 乾く冬の夕

ヤサホーヤ うたが聞こえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
解き放て いのちで笑え 満月の夕

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タダノヒトミ
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