フジ子さんのオムライス ~フジ子さんの話2~
「ママ!明日はお弁当だよ!」
娘の声に、学校行事でお弁当がいることを失念していた私は、冷蔵庫をのぞき込んで答えた。
「オムライスでもいいかな?」
あり合わせの材料ですぐに作れて、こどもにも好評なオムライスは、急なお弁当リクエストに応える時なんかにはぴったりだ。朝が弱い私でも、そんなに早起きしなくても済むのがまたありがたい。
「えーっと、ケチャップ、ケチャップ…」
独り言を言いながら冷蔵庫を開き、ドアポケットの端から調味料たちに目線を流していくと、ふとそこにみりんがいた。
「オムライス作るときはな、ケチャップライスにみりんとお酢をちょっと振って炒めるねんで。あと、ケチャップと一緒にウスターソースをちょっとだけ混ぜるんや。それだけでグンと美味しなるから、今度こどもちゃんに作ったる時やってみ!」
フジ子さんの声が耳元で聞こえた。
…ような気が、した。
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ひょんなことから知り合ったフジ子さんの家に、多い時は週3回、通う日々が続いていた。薬を飲むのが一日の仕事みたいになっていた彼女にとって、三度の食事はいつしか逃れられない苦痛になってしまったようだった。
「食べたいものが全然分からへんねん。でも食べなお薬飲まれへんやろ?」
毎食毎食、何を食べるか考えるのがしんどくて、食べたいものも見つからなくて、どうしたらいいのかいつも2人で困り果てていた。
そんなフジ子さんが、たまに食べたいと自分から言い出すのは卵料理が多かった。
ふんわりした卵焼き、黄身がほとんどジュクジュクのゆで卵、お出汁がしっかり効いた具のあまり入っていない茶碗蒸し、そして薄焼き卵でくるりと巻いたオムライス。
フジ子さんのリクエストで初めてオムライスを作って出した時、「あんた、これなに入れたん?塩胡椒とケチャップだけか?これじゃあ、味がもひとつやわ。」とはっきり言われた。
そうやってなんでも遠慮なく、多くの人が飲み込みがちな心の声をちゃんと口に出して伝えてくれるフジ子さんが、私は大好きだった。そうして、私の料理のどこがダメなのかを指摘したあとは、必ず自分流のレシピや作り方のポイントを教えてくれた。
「ほんまはな、あんたにこうやでって、作ってあげたいねんけどな。もうフライパン持つのもしんどいねん。いっつも作らせてばっかりでごめんなぁ。」
そう言って哀しそうな顔をするフジ子さんに、うまく返せる言葉は見つからず、ただ笑って一緒にそのちょっと薄味のオムライスを食べるほかなかった。
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「ママー!今日のオムライス、すごくおいしかった!残さず全部食べたよー。」
空っぽのお弁当箱をかちゃかちゃと振りながら、笑顔で娘が帰ってきた。
薄味が好きな娘には、いつもケチャップ控えめのチキンライスを卵に忍ばせる。
ウスターソースは入れないけど、隠し味にちょこっとみりんとお酢をたらして。
たくさんのことを教えてくれたフジ子さんに、私ができるせめてものことといったら、こうやってレシピを受け継いでいくことくらいだ。
毎日、食べたいものを食べられる幸せを噛みしめながら。
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