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いろんなものを、ちょっとずつ ~フジ子さんの話6~

朝起きたら見慣れないアドレスからメールが届いていた。

なんだろう?

開いてみると、とっくに卒園した娘の保育園からだった。

運動会に関するお知らせのメール。メーリングリストの登録を解除し忘れたまま、その方法すら分からなくなったのでずっとそのまま放置してあるやつだ。

こうやって年に1・2回、忘れた頃にお知らせが届く。そのたびに、ああ、懐かしいな…と気持ちが一気にその頃へ引き戻される。

たくさんの荷物を抱えてお迎えに急ぐ私と、いつどこへ行くにも転がるように走っていた、ほんのおちびさんだった頃の娘。

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抜けるように高い青空を見上げながら、洗濯物を干す。

毎年この空に出逢うと、おっ、そろそろお弁当の季節だな、と感じる。


保育園という場所は働く母にとって限りなく優しい。

ありがたいことに、お昼の心配はしなくても毎日作りたてで栄養バランスの取れたおいしい給食を食べさせてもらえる。

お弁当を用意するのは、運動会や遠足など、年にほんの数回の行事の時だけ。それくらいならさすがにどんな忙しい保育園ママでも、なんとかモチベーションが保てるというものだ。

ここぞとばかり手の込んだアニメのキャラ弁にしてみたり、季節に合わせたデコグッズを買って可愛く飾り付けたりと、お弁当の日は朝からみんな子も母も、ちょっとだけ浮き足立っていたような気がする。

当たり前のように毎日毎日、手づくりのお弁当を持たせている幼稚園ママさんの話を聞くと、どうしたってもうそれだけで尊敬してしまう。

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当時娘が通っていた保育園では、給食だけど主食のご飯は自宅から持たせることもできた。ほとんどの保護者が主食込みの給食を選択していたけれど、うちは卒園まで毎朝、炊きたてのご飯をお弁当箱につめて持って行っていた。

園児たちには男女それぞれにブームがあって、その周期は結構早い。はじめはアンパンマンやしまじろうだったお弁当箱がいつしかプリキュアやレンジャー系になり、毎年毎年どんどん変わるそれらに辟易した母たちは、そのうちサンリオやディズニーで落としどころを探る。

そうして周りの子たちは可愛らしいキャラクターのお弁当箱がほとんどになった頃、娘のお弁当箱は唐突に漆塗りの曲げわっぱに変わった。

なかなか渋い感性を持つうちの娘は、キャラクターものにいいかげん飽きて、長期戦略を見据えた母のプレゼンにまんまと乗ってきたのだ。


炊きたてのご飯をつめると木の香りがふわっとして、これで食べると冷めててもご飯がおいしい!と、娘はわっぱをずいぶん気に入っていた。ちなみにお箸も手しごとの名入りの木箸。ふたつ揃えて置くと、保育園の机の上が平成とは思えない風景になる。

3歳児のわっぱ飯…

いま思えばなかなかシュールだ。

卒園までしっかりと使いたおした曲げわっぱだが、小学生になってからはサイズが小さすぎてご飯しか入れられず、はじめのうちは別におかずのタッパーをもうひとつ持って行っていたけれど、さすがに不便で大きなお弁当箱を買ったので、いよいよ出番がなくなった。

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フジ子さんのところに通うようになってから、たくさんは食べられない彼女のために、うちでつくったおかずを少しずつおすそ分けに持って行くことが増えた。

もともとの好き嫌いもあるが、その日の気分でなにが食べられるかまったく予想がつかないフジ子さんには、ひとつのおかずはほんのちょっとでいいから、いろんなものを持って行く方が喜ばれる。

ある日学校行事で娘のお弁当をつくったので、そのおかずを同じようにつめて、フジ子さんちに持って行くことにした。ふと目に留まった懐かしいあのわっぱに、ミニおむすびとおかずを入れてみたら、なんだかほんの小さい子のお弁当みたいになった。


どうだろう。気に入ってもらえるだろうか…

恐る恐るわっぱを差し出した私。


蓋を開けたフジ子さんは、それはそれは幼いこどものようにはしゃいで、満面の笑みで喜んでくれた。

「まあ、可愛いらしぃなぁ。嬉しいなぁー、お母ちゃんのお弁当や!小ちゃい頃に戻ったみたいやなぁ。あんた、ようこんな懐かしいお弁当箱持っとったもんやなぁ!これは大事に大事にせなあかんでー。」

そう言って、いつもならほとんど箸をつけないおかずに手を伸ばして、いろんなものを少しずつだけれど食べてくれた。思いつきでつくったこども用みたいな小さな俵むすびも、いつもご飯は半膳ほどで精一杯のフジ子さんにはぴったりだった。


フジ子さんはおかずのひとつとして入れたちくわのきゅうり詰めを見て、私に「あんた、これいつもなにつけて食べる?」と聞いた。

「うちは、いつもマヨネーズですけど…」と答えたら、「ええー?マヨネーズぅ!?あんた、えらいけったいなもんかけるねんなぁ。ちくわにはやっぱりわさび醤油やろ!はよ、冷蔵庫からわさび出してんか!」と強めの口調で言われた。

山のお天気みたいにころころ変わるフジ子さんのご機嫌にはもう慣れっこだ。


「はいはい、わさびですね。はい、どうぞ。」

差し出した私の顔も見ないで黙って醤油にわさびを溶くフジ子さん。


ちくわをつけて、ひと口、ふた口…

うん、2つめにも箸をのばしてくれたから、どうやら気に入ってもらえたらしい。


「こどもってなんでもマヨネーズかけるのが好きなんですよね。」

言い訳みたいに重ねた私に「まあなんでもええけどな。こどものうちからちゃあんとええもん食べさしとかな、おかしな舌になってまうで!」フジ子さんはズケズケと言い放った。

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うちのお弁当箱には、よくちくわきゅうりがいる。

どこにいてもすっとなじめる彩り。つくるのに手間がかからず、なんとなく物足りない感じの空間を埋めるのにぴったりで、残される確率も少ないからお弁当の時には重宝する。


今日は急につくることになったので、ありあわせの即席弁当だ。

冷蔵庫にあるものでなんとかする。

卵は…あったな。うん、ちくわがいる。きゅうりも。


よし、できた。


あの、白と緑のコントラストに箸を伸ばすといつも、フジ子さんの声が聞こえるような気がする。 



「うちはやっぱりマヨネーズですねぇ。」

ついひとりでそうつぶやきそうになって、ちょっとニヤけてしまう。



見上げると今日も空がうんと高い。

ひといきに口におむすびを放り込んだ私の首元に、涼しい風がさあっと、ふいた。


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☆続きはこちら☆

ふうわり、桜の香り ~フジ子さんの話7~


☆はじまりはこちら☆

フジ子さんというひと ~フジ子さんの話1~

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