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【対談シリーズvol.4】慢性的な人材不足を社内ファシリテーターの育成を通じて解決する - ワークショップ型研修でユニットリーダーに起きた変化とは?

社会福祉法人みねやま福祉会は、京都府北部で20施設を展開する福祉事業者です。児童福祉、障害福祉、高齢者福祉を総合的に手がける中、リーダークラスの人材にファシリテーションスキルを提供したいと考えた人材開発室・コーディネーターの川渕一清さん。慢性的な人材不足の解決を目指して始まったプロジェクトは、どのように展開し、成果を生んだのでしょうか。担当した和泉と川渕さんが、3回のワークショップを含む半年間のプロジェクトを振り返りました。

現場のヒアリングから高い離職率の原因を抽出

ー慢性的な人材不足という課題の発見、ミミクリデザインに相談しようと思われた経緯はどのようなものだったのでしょうか?

川渕一清さん(以下、川渕) 新しく事業所をオープンしても、別の事業所からスタッフに異動してもらうことが叶わないということが起きました。なぜかといえば、人手不足で人を出す余裕がないから。離職率の高さが影響していて、コミュニケーション・モチベーション・信頼関係に不足があることがヒアリングによって見えてきました。

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和泉裕之(以下、和泉) そこで川渕さんは、採用を増やすのではなく、ファシリテーションスキルに目をつけたんですよね。

川渕 はい。採用しても、組織自体に問題があれば、また辞めてしまいます。コミュニケーションが足りないために人間関係ができていない。それがモチベーションを維持できない一因にもなり、辞めてしまうという問題が見えていたので、その部分にメスを入れたかったんです。

和泉 最初の打ち合わせで、ユニットリーダーが現場の声を拾えていない、さらには、マネジメント層に声が上げられていないのではないか、という仮説をお伺いしました。

川渕 はい。組織としては、5-6人のユニットが6つあり、各々ユニットリーダーがいます。和泉さんがおっしゃった、マネジメント層と現場の上下の意思疎通ができていないことに加えて、ユニット内のコミュニケーションもできていないように見えていました。ひとつの現場で毎日顔を合わせますので、距離が近すぎてちょっとしたエラーが起きるとギスギスしてしまったり。こうした状況を打破するために、ファシリテーションができるユニットリーダーを育てたいと思いました。そこで、以前からつながりのあった友人を介して安斎さんのチームであるミミクリデザインさんに相談させていただきました。

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和泉 ありがとうございます。今回は川渕さんのご要望に合わせて、前提となるコミュニケーションスキル(観察力・傾聴力・質問力)の向上と、複数人が集まって合意形成したりアイデアを出し合ったりする「会議ファシリテーション」に必要なマインドとスキルセットをお教えする「人材育成」として始まったプロジェクトでしたね。

ー3回のワークショップは、ファシリテーション講座のような趣になったのでしょうか?

川渕 それが、やりながら変わっていきました。

和泉 1回目の模擬演習で、ユニットリーダーのみなさんは現場の声を聴けているということがわかりました。現場のリアルもわかっているけれど、そのことについて、施設長をはじめとするマネジメント層に伝える部分がうまいくいっていない。課題点が明確になり、方向性が変わっていきました。
それに川渕さんの熱量がすごくて。ミミクリが持っているファシリテーションを教えるノウハウと、川渕さんが吸い上げてくださった受講者の声がかけ合わさり、より密度の濃いものになったように思います。

川渕 大目的は、ファシリテーションという概念が法人内にないところから、20事業所に浸透させること。その走り出しだったので、なんとしても実績をつくりたかったんです。1回目のワークショップのあと、1on1で受講した職員ひとりひとりと話をしました。アンケートだけでは本音が汲み取れない。僕自身が、ひとりひとりとの距離が近づいたことで、より一層「なんとかしたい」という気持ちが盛り上がりました。若い職員はとても前向きでしたが、逆に「こんなに忙しい中でユニットリーダーを集めてなんの意味があるんだ」と率直な意見をもらったりもしました。

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和泉 川渕さんは必要性を痛感しておられたものの、法人様全体としては、「ファシリテーションって一体なに?なんの意味や効果があるの?」という初めての状態だったんですね。そもそもなぜ、実施に至ることができたんですか?

川渕 座学型の研修ではなく、伴走型の研修をやりましょう、と理事会でお話しました。識者から話を聞いて「勉強になった」で終わる講義スタイルの研修だと、日々の現場のリアルと乖離が大きい。だから、研修は充実していてかなりいろいろ実施してきたけれど、思うような効果を生んでいませんでした。それならば、研修自体に現場での実践とフィードバックが組み込まれた伴走型プログラムをやりましょう、と。

和泉 理事の皆さんの反応はいかがでしたか?

川渕 理事会では現場の声を丁寧に拾ったこと、その中身を伝えた上で提案しました。それが功を奏して、「チャレンジングで上手くいくか分からないけれどもやってみよう」という判断をしていただけました。

和泉 川渕さんご自身の情熱はどこからきているんですか?

川渕 僕は言ってみれば、部外者なんですよね。みなさんが日々必死でまわしている現場に入っているわけではない。だから、「私たちのしんどさもわかってないのに」という気持ちを持たれても仕方がない、という覚悟がありました。それでも、せっかく働いているんだから、ちょっとでもコミュニケーションがうまくなって、働くことが楽しくなってほしい。そういうところに新しい人たちにきてもらうという循環をつくりたかったんです。

ー川渕さんの熱量は、和泉さんにはどんな影響を与えましたか?

和泉 川渕さんが、560人強の方々が働くみねやま福祉会のキーマンだと思いました。いろいろと逆風もある中で、川渕さんを支えて、川渕さんの協力者を増やしたい。絶対に結果を出さなければいけない、と身が引き締まりました。

なので、人材育成という枠にとらわれずに、どうしたら組織がよくなるかというふうに、テーマが移行していった印象です。川渕さんが弱気になっていたら、「大丈夫ですよ。味方が増えますよ」と鼓舞することも意識していましたね。

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川渕 「なんの意味があるの?」といったネガティブな意見があっても、それをそのまま受け取ったりノイズ扱いするのではなく、組織全体を考えてブログラムに昇華させてくださいましたよね。

和泉 ネガティブな人も、最初からそうだったわけじゃないと思うんです。しがらみや現状と葛藤しながら働き続けるなかで諦めたり捨てた思いがある。そういう状況にある人に対して、「今はよくない。変わりましょう」っていうメッセージを投げかけるのは違う。一生懸命やっている今を否定するのではなく、心にある「本当はこうありたい、こうしたい」を汲み取り、その本当にありたい姿はどうやったら実現するか、プロセス一緒につくろう、考えようという気持ちでしたね。

スキル+目指す組織やリーダー像の言語化

ーそのプロセスとして、今回の研修では具体的にどんなプログラムを実施されたのでしょうか?

和泉 Day3で、ファシリテーションの原点としてどういう組織やチームにしたいのか、どんなリーダーになりたいのかに焦点を絞りました。これは、Day1ですでに組織課題の話が出ていたことに呼応したものです。ファシリテーションは、そもそも「組織をよくしていきたい」という思いを持ってリーダーシップを発揮するときに使うものです。プログラムの対象者はユニットリーダーのみなさんでしたので、違和感なくマッチすると考えた上で、それぞれにありたいリーダー像を考えてもらいました。

川渕 考えるプロセスに対話の時間があったことと、表現方法がレゴブロックだったのが印象的でした。

和泉 「私にとってリーダーとはどんな存在か?」「私が目指していきたいユニットリーダーとは?」「私にとって弥栄はごろも苑とはどんなチーム/組織か?」「私は弥栄はごろも苑をどんなチーム/組織にしていきたいのか?」の4作品をつくってもらいましたね。

川渕 まず、レゴブロックを使う意外性にハッとして、みんなの表情が明るくなった。
つくったものをどう語るのかが気になっていたのですが、ちゃんとみんな言葉になっていました。しかも、みんなの課題が共通していた。「あの人と同じことを言っているな」、と何人もが思った場になりました。共通の課題が浮かび上がったのが印象的で、こうやって機会と問いの工夫があれば、みんなちゃんと話してくれるんだ、と驚きました。

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和泉 これ、いきなり「組織の課題を話してください」って投げかけても、話せない。

川渕 たしかに。作文じゃなくて視覚的に表現できるレゴブロックというのもポイントでしたね。また、実施場所に和室を選び、指導職の人たちも含めて車座になるフォーメーションをとったこともよかったです。上層部のかたがたが同じ輪の中にいて、上からじゃなくて横から聞いていてくれるあり方は、今後、縦のコミュニケーションを活性化していく上でのヒントにもなりました。

和泉 戦略的にいてもらったんですよね。組織全体をよくするために、きてもらうことが次に繋がると考えてお呼びしました。

川渕 対話のプロセスがあったのもよかったです。

和泉 そもそも、何かを学ぶプロセスは、知識をインプットしただけでは完了しません。知ったことや体験したことの「意味づけ」が必要で、その意味は、自分はどう解釈したのか、自分が実践するならどうしていきたいと思っているのかを話すことで形成されるんです。加えて、ひとりで分かっていても意味がなくて、周囲の違う価値観を持っている人たちと語ることで、同じことを知っても違う視点の意味づけもあるんだと視野が広がったり、話すことでフィードバックをもらい、考えがよりクリアになっていくことが大切です。この過程がチームビルディングにもなるし、今回のファシリテーション研修は対話なしには成立しなかっただろうなと感じています。

川渕 今回のファシリテーション研修は、ファシリテーションの技やマインドを身につけるだけではなく、立ち止まって自分の考えや価値観に気づき、それを仲間どうしで共有しあう機会としても機能していましたね。今まで価値観の言語化や共有をしていなかったからこそ、そこに大きな価値がありました。

退職寸前の若手がユニットリーダーに変身

ー3回のワークショップで、どんな成果が出ましたか?

川渕 実施していなかったら起きなかったポジティブな出来事がいくつもあります。まず、ユニットリーダー候補として参加していた若手が、参加しているプロジェクトチームの会議で進行役を担っていたのですが、その会議の場でファシリテーションを実践していたんです。アジェンダを戦略的に設定したり、ホワイトボードを使って即興的にファシリテーションしたり。自分がつくったその会議を、写真つきで僕に直接、報告してくれました。これは嬉しかった!そうなってくれたらいいな、と期待を込めていた部分が実現しました。更に、彼は今年からユニットリーダーにもなったんです! 次のユニットリーダーがいないという課題があったのですが、ちゃんと育ってくれました。

また、もう一人ユニットリーダーになった女性がいるのですが、彼女は退職するつもりだった人なんです。フィードバック1on1のときも胸の内を話してくれて、3回目のワークショップにはもういないかもしれない、という瀬戸際でした。その彼女が、離職しなかったばかりか、現在ではユニットリーダーになっています。

これは、施設長の中に、ファシリテーションを身につけながら現場でチームをつくっていくこれからのリーダーシップ像が芽生えたことの表れでもあります。「若いから難しい部分もあるけれど、託してみよう」と。

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和泉 若い職員が活躍できる場や雰囲気ができて、辞めにくくなったのかもしれませんね。「自分だったらこうしたい」という意志が生まれ、ちょっとした技を身につければ組織の中で活躍できる、チャレンジができるという希望が持てたのでしょう。

川渕 そうですね。あとは、なぜこの仕事を始めたのか、なぜこの仕事をしているのかを対話できる場になったことが大きかったと思います。若手たちは、ユニットリーダーと一緒に参加することで、「そういうことを考えてるんだ」と初めて知り、リーダーに対する印象が変わったはずです。一緒に参加したことで「期待されてるんだな」と感じ、その気持ちが成長を促した面もあるだろうと思います。

和泉 僕が印象に残っているのは、最後車座になって、ひとりひとりが半年間のことをしゃべったとき。受講者の方に「最初は『日々の業務で忙しいし、こんなの参加しても意味はない』と思っていたけれど、変わった。今はやってよかったと思う。研修は好きじゃなかったけど、今までで一番おもしろい研修だった」と言ってもらえたことです。

それから、ミミクリデザインのほうでアンケートから抽出したデータを分析したところ、研修の前後で使う言語体系が変わったことがわかりました。研修の中で刺さった言葉が、アンケートの回答に入ってくるんですね。使う言葉が変わると意識が変わり、行動が変わり、結果が出ます。また、共通言語ができることで、関係性の質やコミュニケーションの質が変わります。これも、成果のひとつです。

ー半年間3回のファシリテーション研修を終えて、今後どのような展望を持たれていますか?

川渕 組織は生きているので、組織の成長や人事異動があっても成立し続けるために常にアップデートが必要です。課題も次から次に生まれて来るのですが、コミュニケーションでいい人間関係をつくることが基本だということ、組織としてそれを大切にすること、その具体的な方法としてファシリテーションが有効だという結果を、今回つくることができました。今回は、ユニットリーダーを対象にして現場の意識をそろえ、ビジョンを共有して、いいコミュニケーションができる環境を整えたので、次は指導者や施設長を含めて、縦のラインで実施したいですね。

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和泉 今回を通して、マネジメント層がそもそもどういう組織を目指していきたいかが言語化されていない、という課題が見えてきていますよね。施設を端緒にして辿っていったことで、グループ全体についても根本的に問い直す部分が見えた。これに中長期で取り組みつつ、同時並行で現場の人にファシリテーションという武器を渡すことができればと思います。武器を持つ仲間を増やし、熱が伝播するように。

川渕 いち事業所の課題や、現場のチームのあり方に徹底的に向き合ったことで、法人全体としても向かうべき場所が見えて来たかもしれません。来年70周年を迎えるのをきっかけに、法人のビジョンの再構築をします。研修プログラムの見直しも、何年かかけてやっていきます。その中で、今の時代に必要なマネジメント像を言語化して共有することを進めます。トップダウンではなく、ひとりひとりからヒアリングをしたことをもとに課題分析し、調整しながら組織をマネジメントしていくあり方になくてはならないのが、ファシリテーション。そのことを、ここからどんどん浸透させて、法人全体で環境を整えていきたいと思います。今回研修を受けたリーダーが、何年か後にどう変化しているかも楽しみです。

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人手不足という目の前の課題に対して、採用を増やすなどの対症療法ではなく、根本的な組織のあり方にメスを入れるアプローチをとったみねやま福祉会様。メスを入れる手法としてファシリテーション研修を選んでいただいた期待に最大限応えるべく、1回ごとに参加者からのフィードバックを受け止め、目的や内容を調整しながら半年間3回の研修を走り切りました。今回の対談にご協力いただいた川渕様、ありがとうございました。

ミミクリデザインは、最新の学術研究に裏打ちされたワークショップデザインの方法論を駆使しながら、企業や地域の課題を創造的に解決するファシリテーター集団です。ワークショップとリサーチの手法を組み合わせたユニークなプロジェクト設計による商品開発、組織開発、人材育成、地域活性化などのコンサルティングサービスを提供しています。

サービスや事例の詳細、お問い合わせについてはミミクリデザインのウェブサイトをご覧ください。

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