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短編小説0035 ウンメイロン 2351文字 3分読

人生上手くいかない。

何が悪いのかも分からない。

俺の気の弱さがいけないのか?

昨日も上司に怒鳴られた。またミスをしてしまったからだ。

同僚たちは、「またか」という顔つきで呆れている。

こんな自分を変えたい。

電車の座席に座りながら、亮太は暗い気持ちで出勤する。

目をつぶり少しでも寝ようとするが、全く眠れない。むしろ動悸が、なぜだかドクドクと軽い運動をしているような速さで、逆に目が冴える感じだ。

それでも深呼吸して、できるだけ無心に、落ち着こうとする。

ふと、気付くと隣の人の頭が亮太の肩に当った。居眠りだ。

「気持ちよく寝てやがる」

亮太は条件反射でカチンときたが、朝から暗い気持ちでいることもあり、全身のどこにもパワーが湧き上がらない。だから頭が肩にもたれかかったまま放っといた。

ゴトン、と電車の揺れがあるたびに頭は肩を離れ、まっすぐの定位置に戻るが、3秒後には更に肩に戻る。

亮太はされるがまま降車駅まで頭と付き合った。

いよいよ降りる際には亮太も頭もお互いに何もなかったかのように別れ、扉に向かう。扉が開き、亮太が出ようとする前に、乗り込む男2人に行く手を阻まれる。

「降りる方を先に、乗車される方はご協力お願いいたします」

乗り込んで来たこの先頭の男2人には、アナウンスは聞こえてないようだ。

軽く2人の男の肩が亮太にぶつかったが、やはり元気がなく、不快な思いをする力さえ湧き上がらなかった。だから何事もなかったようにホームに降りた。

「大丈夫ですか?」

不意に声をかけられ、半信半疑で振り向いた。

「降りる人が先ですよね。肩にぶつかってましたね。ヒドいですよね」

ああ、たしかに俺に話しかけられている。そうだ、男2人の肩に当った。降りる人が先だ。でももう忘れかけていたけど。

優しい言葉をかけてくれたのは、髪の毛サラサラの女子高生だった。

俺は大人として『ありがとう』くらい返したらいいのに、中途半端な薄ら笑顔と会釈だけで応対した。

素敵な優しい出来事なのに、今の亮太にとっては、益々卑屈に自己嫌悪が拡大する。

「俺は人の優しさもしっかり受け止め、返せないのか」

会社のエレベーター待ちでは、またもや後ろから割り込んで来たおっさんにズル込みされ、その後に亮太が乗り込んだところで定員オーバーのブザーが鳴る。

お先にどうぞと、幽霊がやるような仕草で先を譲り、エレベーターの扉が閉まる。

もはや無の境地だ。悔しくない。あるがまま。ただエレベーターに乗れなかっただけ。次のに乗ればいい。

というより会社の自分のデスクに座りたくない・・・。

「おはようございます」

まさに蚊の鳴くような声で、誰にも聞こえてない。

今日はパワハラ上司はいない。出張だ。ちょっとだけホッとする。

昨日も終電ギリギリまで残業したけど、それでも仕事が山積みで残っていた。

課長がいないと仕事がはかどる。いつもはムダな叱責で、一日を通すと1時間とか2時間とか突っ立ったまんまキツく責められ仕事ができない。

嫌がらせとしか言いようがない。

でもそのムダな時間を仕事に使える。

上司がいないこともあり、意識的に仕事に没頭し、嫌な事は今だけでも忘れる。

正直言って俺は仕事が全くできないのではない。優秀ではないけども、並程度はできると自負している。それでも上司にコテンパにやられるのは、ただ俺が嫌われているだけなのか?やっぱり無能なのか?

今日はひたすら仕事に没頭した。

あっと言う間に定時になった。

こんなに集中できたのは初めてじゃないだろうか。ちょうど溜まっていた業務も片付いた。

仲のいい同僚はいないし、やること終わったからこのまま気配を消して帰った。

帰りの電車は終電程には混雑していなかった。この時間帯だと制服を着た高校生っぽいのが多く乗車している。

いつものように商店街を抜け、アパートへ向かう。

「ん?なにか先の方で騒がしいぞ?なんだ?」

50メートル程先の貴金属店で警報が鳴り、野次馬ができている。何事かと早歩きで近づくと、覆面全身黒ずくめの4人組が店内をなにか叫びながら、小走りしたり、ショーケースをバリンバリン割っている。

「強盗だ!」

とろい亮太にもすぐにわかった。

あっと言う間に心臓は高鳴り、体が震える。

ああ、大変だ。バールのような武器を持っている。しかも四人組。従業員が頭を抑えてうずくまっている。ああ、ケガでもしているのか?早く警察来い!

取り巻く野次馬の全てが同じことを思っている。

「逃げろ!」

四人組の一人がそう叫びながら仲間を促し、一斉に外に出る。従業員っぽいのが頭から血を流しつつ「待てー!」言いながら追いかける。

人が多いこの時間帯の、目撃者多数ありの現場において、亮太は思う。

「こんな頭の悪い、無計画な、絶対に捕まるやり方は素人目から見てもお粗末だ。きっと止むに止まれぬ理由があるのだろう。それはなんだろうか?」

不思議と4人組と亮太の人生が重なって見えた。それはちょっと言い過ぎだが、少なくとも自分と似た部分があると感じた。

自分の力がでは抗えない、変化しょうがない何かを感じた。

だから今がある。

俺は会社では無能の位置付け。

奴らは馬鹿で愚かな強盗。

客観的に考えればわかる。

どうして、ほんの少しだけ工夫すれば、だいぶ違うのに。

どうしてすぐ捕まるような、人生をムダにする自殺行為をするのか。

その理性的な思いや行動ができない。

そんな事をを思いながら、亮太は4人組を見送った。

心の中で

「ガンバレよ」

と深く深く、全身全霊で祈った。



おしまい

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