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いつかの野球少年 あらすじ

山本亮太。
小学校4年時はクラス対抗野球をよくやっていた。
放課後に近くの薬円台公園に集まり、思い切り楽しんだ。
親もいない。教師もいない。女子もいない。
余計な応援もなく、場違いな指導もない。
ただただ一つの球を投げ、打ち、追いかけ、つかんだ。
真っすぐに、何の見返りも期待せず、今この瞬間の野球をただただ夢中で楽しんでいた。
アウトになればこの世の終わりのような悔しさを表現し、ホームランをかっ飛ばせば天にも昇る最高の気持ちがあった。


友達が親の仕事の都合で引っ越すことになった。
隣のクラスのリーダー格の高志だ。
何と中国の上海に転勤だという。

「中国?上海?大丈夫か高志!」

みんなで成田空港まで見送りにいった。
不覚にもあの素晴らしい野球がもうできないと思うと泣けてきた。
高志、元気でな!


中学生になるとサッカー部に入った。
初心者だが、運動神経は良いのであっという間にうまくなって一年生からレギュラーになった。
顧問教員の指導が厳しい。
殴る蹴る。暴言を吐く。
当時はそういった指導が当たり前だった。
練習時間も長く、厳しかった。
そういった部活環境であるが、顧問教員は彼なりに情熱的に指導していたし、サッカー経験者でもあったのでチームは強かった。
市内では断トツの1位で余裕で県大会に出場までは行くが、県大会の壁は厚く、ベスト4が最高だった。

高校に入るとサッカー部に入ったが、すぐにやめた。
中学以上に厳しかったからだ。先輩の圧力も異常に強い。
馬鹿馬鹿しいし、そんなにサッカーが好きではない事に気付いてしまったので辞めた。辞めるときに一瞬小学生時代にやっていた野球を思い出した。

「あんな時間をもう一度体験できないものか・・・」

勝ち負けにはこだわるけど、そういったものを超えて、ただただ夢中になってプレーの上手さを競う。上手ければ何だというのだ?と聞かれれば何にも意味はない。賞賛もないし報酬も無い。そんなことどうでもいいのだ。ただただ無心に野球をやっていた。それが楽しくて嬉しくて・・・。
今は悲しい程懐かしい・・・。

そんなことはもう二度とできるはずがない。
ましてや高校の部活でそんなこと絶対にできない。
こんな考え方おかしいのだろうか?


大学を卒業し、商社のサラリーマンになった。

そのタイミングで高志が日本に帰ってきた。可愛い彼女、可奈子さんをつれて。
久しぶりに会おうということになり、食事をした。
高志の両親はまだ中国にいるとのこと。仕事が繁盛しており、父親は出世して中国支社の社長だという。高志は父親が務める会社の関連会社に就職しており、日本で勤務することになったという。そこで婚約者の彼女もつれてきたという。彼女は日本人だ。中国残留孤児の娘らしい。

それからというもの、亮太と高志はちょくちょく一緒に飲み歩いていた。
3年が経った頃、高志は父親が社長を務める中国支社に海外出張すると言う。両親と会うのも3年ぶりだと。
軽い気持ちで送り出しが、高志は帰ってこなかった。
中国で拘束されてしまった。裁判にかけられ禁固刑6年だという。スパイ容疑で。高志の両親も投獄された。
可奈子は日本に残っている。


可奈子のお腹には新しい命が宿っており、そのことを亮太に赤ちゃんがいることを伝えた。

亮太は俺が何とかするから安心して産め、と言った。

数か月後、赤ちゃんが無事に生まれた。男の子だった。ちからと書いてりき(力)と名付けた。
しかし、どうしたものか、赤ちゃんを置いて彼女は失踪してしまった。


なぜ彼女は姿を消したのだろうか?


赤ちゃんは亮太が父親となり、育てた。

高志は6年間外の様子を知る事は許されなかった。中国が情報を一切シャットアウトしていたからだ。もちろん可奈子がどこにいるのか、そして両親の様子も全くわからなかった。
6年間のいわれのない罪を被り、刑期を全うし、出所した。
その間に両親は亡くなっていた。会社も当局に没収されていた。

帰国後は警察や外務省の事情聴取が数日あり、ようやく解放されすぐに亮太と会った。
亮太は6年間の出来事を話した。

力が5歳になっていた。写真を見せた。
亮太は「俺が認知して父親として代わりに育てている。今後も俺の子どもとして育てたい。だからそっとしておいてくれないか」と涙を流しながら訴えた。

高志は消えた。
どこかに行ってしまった。
亮太はそれ以来高志と会う事はなかった。


時代は流れ、力は25才になった。
小説家を目指し、アルバイトで生計を立てている。
出版社に持ち込みで作品を売り込むがなかなか採用されない。
大手には全く相手にしてもらえない。だから全く聞いたこともないような小さい出版社にアタックする。


今回持ち込むのは魂の傑作、タイトル『水平線の山』。国際結婚の家族の物語。
その出版社を父に教えてもらった。父の会社の近くにあるらしいが、聞いたこともない。中年の社長兼女性編集長が対応してくれて、いくつか指摘があったけど一旦預かりますとの事だった。脈ありか?と亮太はちょっと嬉しかった。

翌日、採用にはならず・・・。そっけない通知がメールにあった。

「またか・・・」



1年後。
本屋にズラッと平積みされたハードカバー小説。タイトルは『水平線の山』。
力はカッと目を見開き一冊手に取りページを開く。
震えが止まらない。

「これ、おれのだよ・・・」

盗作を確信した力は、訴訟を起こし、あっという間に勝訴する。

一連の出来事はマスコミによって大いに騒がれた。
力はひとまずの自分の権利が理解され、作品が自分の手元に戻ってきたのはホッとするところだが、腑に落ちない。なぜこんなことをしたのか理由が全く思いつかないことだった。
この女性社長は「経営難で多額の借金があり、出来心でやってしまった」と言っていた。悪事が発覚するのは時間の問題なのに。
頭がおかしいのだ、と思うしかない。

でもこの女性社長はそんな雰囲気はない。
決して言葉には表さないが、まるで全て計算づくで行ったというような、冷たい顔をしている・・・。

力は時の人となった。
いわゆるインフルエンサーになった。


盗作をした出版社は倒産した。
「水平線の山」は、出版の権利を大手出版社に移し、発行されている。


この一連の出来事はあまりにも力を有名にさせた。そして実父の高志の目にも入る事となった。
「やまもとりき・・・?、山本力・・・!力!ああ、力なのか!会いたい」

高志は悩んだ末、力に会いに行くことにした。亮太を訪ね、力に合わせて欲しいとお願いすると、二つ返事で亮太は了承した。

そしていよいよ再開の日がやってきた。
すると・・・・思ってもいない人物が同席する。



これは亮太が可奈子と仕組んだことだった。
高志と三人で会う事になった。
そして更に驚くことに、力もあとから同席する。


生まれて初めて、本当の親子三人が同席することになった。

亮太は席を外した・・・・。



第一部完


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