イラスト『深海魚のように眠る』(村上春樹「パン屋再襲撃」より)
『深海魚のように眠る』
僕はできるだけ急いで毛布をといて銃をとりだし、それを客席に向けたが、客席には学生風のカップルが一組いるだけで、それもプラスチックのテーブルにうつ伏せになって、ぐっすりと眠っていた。テーブルの上には彼らの頭がふたつとストロベリー・シェイクのカップがふたつ、前衛的なオブジェのように整然と並んでいた。(p.79)
「僕は毛布に銃を包み、妻は両手にマクドナルドのマーク入りの手さげ袋を持って、シャッターの隙間から外に出た。客席の二人はそのときになっても、まだ深海魚のようにぐっすりと眠りつづけていた。」(p.82)
村上春樹『象の消滅』「パン屋再襲撃」より
村上春樹さんの作品で、一番好きな短編、好きな場面。真夜中のマクドナルドに深海魚、ストロベリー・シェイク。こんこんと眠り続けるカップル。
二人はデート中? どうして真夜中にストロベリー・シェイク? コーヒーじゃなく? シェイクは彼女の好物で、彼氏はそれに付き合った? テイクアウトじゃなく店内で? 深い眠りに落ちる前、何を話してた? 二人同時に眠ったのか、どちらかが先に眠ったのか? 片方が眠ったとき、起こさなかった? 煌々としたマクドナルドで、そんなに深く眠れる理由は? 深海魚の眠りってどんなもの? 深海魚はどんな夢を見る? 目が覚めたら、縛られた店員たちを見つけて、二人は何を考える? 何をする? 何を言う? いろいろ気になる。
どんな言葉を交わし合ったり、触れ合ったりするより、真夜中のマクドナルドであってさえ、そんな無防備な眠りを共有できる関係は、よほど深い繋がりがあるように思える。
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