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吉川優子を廻る十章――響け♪ユーフォニアム第11回より


1 mono:モノ・ローグ

 TVアニメ『響け♪ユーフォニアム』のデカリボン先輩こと吉川優子。10話までのヒステリックなヒール役というミスリーディングが、11話で見事にひっくり返されたことにより、多くの涙を誘ったことは想像に難くない。
 優子の慟哭に思わず感情移入した人たちにとって、そのきっかけとは、再オーディションの直前に高坂麗奈に頭を下げて中世古香織先輩に勝ちを譲るように懇願したシーンであろう。あれを観て、彼女が単なる「信者」ではなかったのだと気付かされたことで、グッと気持ちが引き寄せられたに違いない。

2 di:ジ・エニグマ――2つの謎

 優子の最敬礼による懇願は、しかし、どのような気持ちでなされたのだろうか?……という部分が気になっている。それは、(放送直後のTL等で感想などを目にした後に)次のような疑問となって頭の中を廻っている。

●?● 優子は、先輩のために、手段を選ばず――そう、プライドを捨てて地にはいつくばるように――頭を下げたのだろうか?
●?● 頭を下げるとき、スカートの裾を掴んでいる手は、なぜ震えているのか? 震える手の描写は、感情を抑え込んでいるように見えるけれども、その感情とは、いったいどのようなものなのだろうか?

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3 tri:アイソセレス・トライアングル(二等辺三角形)

 優子の懇願は、プライドに関わるものなのだろうか。
 お昼を誘いに麗奈を探しに来た久美子を捕まえた時の会話から、優子が麗奈の実力を認めていることは明かされている。優子がソロのオーディションを受けたかはわからないが、自身が実力で劣っていることも当然知ってのことだろう。既にプライドは上級生であることに起因するもの以外にはなかったのではあるまいか(そして、それは麗奈にとって「関係ないですよね?」という範疇の問題であることも、優子は知っている)。捨てるようなプライドなど端から無かったのなら、捨てられない意地でもあったのだろうか。

4 tetra:悪循環のテトラポッド

 もし意地があるなら、それどこからきているのだろう?
 優子が意地を張るとすれば、それは信者として、香織先輩にソロを吹いてもらうということ、つまり香織の夢が叶うという夢の実現へ向けて、できる限りのことをやるという意地だろう。しかし、信者の意地は、すでにグラついている。信者が、帰依するその人を貶めるようなことをしているからだ。

 滝への疑念が持ち上がった時、麗奈は怒りを香織先輩に向けていたように見える。というのも、私の方が上手いと言っているのは、優子の向こう側に向けられていたように見えるからだ。麗奈は、おそらく優子を遣って香織が裏で糸を引いていたと思っていたのかもしれない(だから「ウザい(ペチペチ)」のだ)。麗奈は啖呵を切った手前、11話のランチの時間に、香織先輩が正々堂々とオーディションで決着をつけ、そこに禍根を残さないように話しかけてくれたことで、それが誤解であったと気づき「やりにくい」と感じたのだろう。そのような誤解を生じさせたことも優子には苦痛であり、そういった前科が恐らくこれまでにもあっただろうことは夏紀に釘を刺されているところからも推察される。そう、意地を張れば、それだけ香織に迷惑をかけることは、優子には、もうとっくに「わかっている」ことなのだ。

5 penta:動機を覗くペンタプリズム

 優子は、もう意地を張れない。それに意地を張るために頭を下げるのならば、怒りや屈辱で手が震えるという線も薄くなるだろう。意地を通すべく、冷静にならんとしすぎて力が入るというのも考えられるが、そういうタイプではないことから――そう、彼女はヒステリックなヒール役なのだ。もちろんヒール役というのがこの11話でひっくり返されるミスリーディングだったとしても――、こういったこともないだろう。
 それでは、プライドでも、意地でもないとすれば、いったい何なのだろう?

6 hexa:6人(3対3)の戦い(オーディション)の前に

 それを知る手がかりは、おそらく優子と麗奈のタイマンのシーンにあるのだろう。優子が頭を下げた後に語られる過去譚を、もっと大事に見るべきだったのだ。
 香織が昨年上級生と下級生の間を取り持つべく奔走したという回想シーン。これを優子に引き付けて見れば、これを目撃していた事が決定的に香織先輩への憧れを強め過ぎることになり、それ故に香織に自分を重ねたいと思ってしまう行き過ぎた自意識が、優子を突き動かしていたと考えられはしないだろうか。と同時に、優子が震える手でスカートを押さえながら頭を下げたのは、香織先輩というミューズへの強すぎる憧れに対して身の程をわきまえずに行動に出てしまったことへの畏れからきている、とも言えるだろう。

7 hepta:大罪―傲慢

 優子は、香織先輩のようになりたかったのではあるまいか。部のことを考え、下級生のため、上級生に対し頭を下げた香織先輩。優子は、頭を下げていた香織の姿を見ていただけに、そのことへの礼の意味も背負い込みながら、麗奈に頭を下げているのだ。香織先輩のために自分にできることとして、下級生に対して最敬礼で迫ってしまう優子。動機は異なれど、その根底においては自分が一番良いと思うことのために動いている点で、優子は香織に近づけた――いや香織に「なれた」気がしていた……そんな風に見えはしないだろうか。

8 octa:蛸壺の中の動機と感情

 そんなことは優子の自己陶酔であり、所詮は自己満足に過ぎない――そう片づけるのは簡単だ。しかし、高校生が先輩に恩義を感じ、信者を自称する信徒にとって自分の神にも等しい先輩に恩返しをしようと思うとき、先輩がしたことをなぞりたいと思っても、それはおかしいことではないだろう。憧れの人の行動を真似たい――自分にも、憧れる先輩がやったことが出来るのではないか?そう思ってしまったがゆえの、行き過ぎた行動……。

 不安や恥かしさが織り交ざりながらも、間違ったことをしていないという(間違った)確信を、信じ続けようとする不安定さは、心から身体へと伝わる――それが、あのわずかな「手の震え」に違いない。きっと優子は、心の中で何度も「やめよう」と思ったに違いない。けれども、その声を押さえて、自分が憧れに近づこうとする葛藤が、裾をつまむ手を震わせていたのだろう。

9 nona:9割方の誤解

 幾ばくかの動揺を麗奈に与えはしたものの、その場では見事にべもなく断わられる優子。それでも、優子は麗奈への懇願が、ひょっとしたら――万が一にも、聞き届けられ、わざと負けてくれるかもしれない……わざとじゃなくとも、高坂麗奈も人の子であるし、ひょっとしたら失敗するかもしれない。他の演者の失敗を祈りたくはないけれども、でもそんなことを言ってはいられないほどに、彼女の祈りは切なく脆い。そんな一縷の望みを、優子は抱き続けてきた。それが裏切られたと気付いた表情は、おそらく見落とされているのではあるまいか。

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(万事休す)

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 麗奈の演奏を聴いた時の優子のアップは、他の目を見開いてしまう吹奏楽部員と同様、麗奈の演奏の前に彼女の実力を改めて知らしめられた様子に解されやすい。けれども、上述のとおり、すでに彼女は、それを知っている。したがって、この優子の表情は、自分にできることやったけれども、その懇願が受け入れられなかったことを知った、絶望の到来に他ならない。そしてそれは、同じように頭を下げるも、しかし功を奏することのなかった香織を、結果に至るまで追いかけてしまったことを意味してもいるのだろう。

10 deca/ribbon

 優子が頭を下げたのは、香織の後ろに伸びる過去の影に魅入られ、そこに深く踏み込み過ぎてしまったからであり、優子の手が震えていたのは、そのあまりある香織への憧れがあふれ出た作用によるものなのだろう。しかし、その結果は、あのデカいリボンを震わせて泣くという結末を招来し、その慟哭は、決して故なきものではなかったと知るワタシたちの感涙を誘うのである。

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 拍手と、そして涙へと向けられた中世古先輩の眼差しは、それを知ってか、とても優しい。

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