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母さんが夜なべをして

母の家を片付けている。
といっても、そういうことを丸ごと請け負ってくれる専門業者に始末をお願いしているので、こちらのやることはとにかく「要るものを取り出して除けておく」、ただそれだけ。

取り出すのは、我が家でも使うもの、と、捨ててほしくないもの。そういう目で選別していくので、けっこうさっさと作業は進む。が、机の下から出てきた小箱をあけたとき、ふいに手が止まる。

かさかさと乾いた落葉、枝付きのどんぐり。
たぶん、絵に描こうと思ったのだろう。公園で拾って持ち帰り、とりあえず箱に入れて。ただそれだけのものなのに、思いがけずキレイなまま遺っていて、捨てるか残すか迷って困るのは、こういうものだったりする。

そういえば母は70を過ぎて水彩画を始めたので、中途半端な画材も沢山ある。絵の具、筆、色鉛筆。門外漢のわたしには良し悪しも分からず、どなたかに差し上げるのも失礼にあたりそうで。どうしたもんか、と、困っている。

でも、何よりも胸を痛めて困っているものがある。
それは、着物。

わたしが幼い頃から中学三年まで、母は和裁を生業にしていた。朝から晩まで、夜更けまで、時には夜通し、背を丸め、ちくちくと針を動かしていた。呉服屋さんに頼まれての仕事だけでなく、もちろん自分が着る和服も、私のために仕立てた和服も、すべて母が自分の手で縫い上げたもの。母さんが夜なべをして、という歌があるけれど、母の場合はそれが「手袋」ではなく「着物」だったのだ。

数年前に整理した和箪笥に残る着物はほんの数点だけれど、わたし自身もう着物を着ることもないし、引き取って我が家に置く場所もない。家の始末の請負人にも訊いてみたけれど、和服は売れないから処分するしかないという。

でも別に、高値で売りたいわけじゃない。ぐるっと丸めてただのゴミとして捨てられるのは忍びない、ただでいいから誰かに引き取ってもらえたら、何かしらリサイクルしてもらえたら、と思うだけなのだけど。ネットを見ると買取業者がいくつかあるみたいだから、そういうところに頼むしかないのかなあ。

こういう些細な、行き場のない淋しさが、けっこう堪えるもんなんだなぁ、と実感する今日この頃。
ふうう。

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