おっさんだけど、仕事辞めて北海道でチャリ旅するよ\(^o^)/ Vol,21 衝動
2024 0728 Sun
自分が初めて立ったときの記憶がある人は、おそらくいないでしょう。が、しかし、お子さんがいらっしゃる方は、自分の息子や娘が、初めて立ったときのことを覚えている方も多いのではないでしょうか。
わたしに子供はいませんし、そっち方面の専門的知識もありませんので、これは完全な当てずっぽうなのですが、赤ちゃんがなにかに摑まりながらでも自分の脚で立つのは本能で、そしてその瞬間、本当は走り出したいんじゃないのか、ということを言いたいのです。
生まれたての赤ちゃんは、なにも自分でできません。できるのは泣くことだけ。その赤ちゃんが、寝返りを打つようになり、ハイハイをするようになり、そして摑まり立ちができるようになる。赤ちゃん自身が意識しているかどうかはともかく、この瞬間、ある種の達成感があるように思うのです。そしてその瞬間、もし可能ならば、赤ちゃんは雄叫びをあげながらそこらを走り回るのではないでしょうか。押さえられない感情の爆発、それが衝動です。
今日の昼過ぎ、わたしはほとほとウンザリしていました。
休憩スポットで話したライダーからおススメされたキャンプ場は、飛騨の急勾配を経験済みのわたしでも「おいおい…」と思うほどの激しい登り坂の先にあり、そしていまにも降り出しそうな曇天のため展望はほとんど望めず。明けた今朝は朝から雨模様。朝9時から開いているはずの本格的コーヒーを出すカフェは、なぜかドアに鍵がかかったまま。ネットの情報を鵜吞みにして13時チェックインのキャンプ場に12時過ぎに行き、
「すいませんが、荷物だけでも置かしていただけないでしょうか?」
と懇願するも
「無理です」
の一言。
そのキャンプ場を後にし、霧雨の中、チャリを漕ぎ出しました。国道244号線は、多少の勾配がありつつもほぼ平坦。交通量はボチボチながら舗装状態も良好で、なにより霧雨のため暑くないどころか涼しく、このところ悩まされ続けていたアブも姿を見せません。天気と展望の悪さを差し引いても、悪くない状態です。しかしながら、わたしはイマイチ気分が乗りません。
“野付半島どうすっかな…?”
漕ぎ続けること1時間弱、別のキャンプ場に到着しました。と、受付の前に荷物を満載したチャリが停まっており、パッキングのやり直しでしょうか、男性がなにやらゴソゴソとしています。
「こんにちは」
貴重な機会を逃すまいと声を掛けると、顔を上げたのは外国人男性。瞬間的に戸惑ったものの、わたしだってバックパッカーのはしくれです。超ブロークンイングリッシュで会話を始めました。なによりもまず聞きたかったのは、アブ対策です。ボコボコに腫れた脛を見せながら説明すると、彼も同じく顔をしかめました。
「対策しようがない。ボクも困っているんだ」
そんな彼に、
「アブの野郎は黒いモノに集る習性があるんだ」
と主張しつつ、100円ショップで買ったインセクトプルーフ仕様のバッグカバーを紹介。
「I know 100yen shop!」
やはり同じチャリダー同士、話が弾みます。
そして旅の話になったとき、彫りの深い顔をした彼はこう言いました。
「4 years」
そうかそうか、まだ4日しか経ってないんだね。…んで、北海道のどこどこ行ったの? っていうか、アンタどこの国の人? …ってちょっと待て!
「4 years !?」
4年。4年もの間、彼は自転車で旅を続けているのです。出発地はオランダ。自転車王国のオランダです。よくよく視てみると、彼のチャリ装備はなかなかに年季が入っており、あまり見かけない形状のハンドルが付いてたり、タイヤはわたしも愛用しているドイツ製の “マラソン” を採用していたりと、超本格派の匂いがプンプンします。
「野付半島に行くんだ」
アディはそう言いました。このキャンプ場の受付では半島への行き方を聞いただけで、チャリで問題なく行けることを確認したので、今夜はそこで野宿するらしいのです。
「野付半島でなにをするの?」
もし、他の誰かにこう聞かれたら、アディはどう応えるでしょうか? なんなら驚くかもしれません。
「え…? 逆に聞くけど、キミはあの半島に行ってみたくならないのかい?」
レベルは違えど、わたしにだってわかります。チャリで4年も旅することの大変さを。異国を旅し続けることの大変さを。
「アディ、アンタを旅へ駆り立てる原動力はなんなんだ?」
聞いてみようかと思いましたが、やめました。それって、言葉にできるようなものではないんじゃないかと考えたからです。
「オレも野付半島に行くかも。このキャンプ場にチェックインした後にね」
小雨が降り続く空を見上げながら、わたしは言いました。そう言いながらも、わたしの心は決まっていました。絶対に今日、野付半島に行く。そして、アディにもう一度会う。
「Maybe, See you again, today, later」
そう伝えた後、大急ぎでチェックインし、テントを設営。要らない荷物を全部そこに置き、R仕様のチャリに跨りました。たとえいまから雨脚が強まろうと、わたしは野付半島の端っこまで行きます。なぜなら、アディにもう一度会いたいから。なにより、野付半島の端っこに行きたいからです。
別海町と標津町にまたがり、泊湾に突き出すカタチの半島で、超細長い砂嘴である野付半島。その存在を知ったとき、単純に、純粋に、こう思いました。
“これって、どうなってんの?”
そして、こうも思いました。
“行ってみたい。見てみたい”
野付半島に行く理由。それってこれだけで充分です。
スマホで画像見たから…。いまいちレビューの点数が低かったから…。雨模様やから…。なんか気分が乗らんから…。
こんな理由で萎えかけていた気分を、アディはきれいさっぱり吹き飛ばしてくれました。
直感。わたしが大事にしていることです。
なかなか性格が変えられないなら、いっそのこと直感に従おう。衝動的に生きよう。誰かの意見に従ってボチボチの暮らしを送るよりも、自分の直感のままに行動しよう。
その日の夕方、わたしはアディに再会しました。朝食の差し入れをすると、彼は嬉しそうに微笑みました。その気持ちはわかります。わたしも散々見知らぬ誰かにご馳走してもらいましたから。
「蚊が多くてヤバいから、ちょっと戻った砂浜にテントを立てるよ」
というアディに別れを告げ、野付半島の先端を目指しました。はたして、そこには想像を超えた景色の広がりと、全力疾走するエゾシカの群れが、わたしを出迎えてくれたのでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?