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詩学探偵フロマージュ、事件以外 新年事始め

「おいおい、今日のヘッダー、いつもと違わないか?」
 出社早々何を言い出すのやら。
「あまり気にしないほうがいいですよ。
 きっと作者の宣伝ですから。
  私たちは見えていない体で進めるしかないです」
 何しろ今日は新年初出社の日なのだ。
 作者のくだらない宣伝に気づいてやるような
 そんな無駄な時間は私たちにはない。
「さて新年にまずやることは、何でしょう?」
「福笑いだね」
「一般的にはそうかもですが、
 探偵事務所の探偵と助手がやるのは
 いかがなものかと」
「ほかにないでしょ?
 君は福笑いの神髄をわかっていない。
 喜劇において仮面は重要な位置を占める。
 アリストテレス曰く、喜劇の仮面は
 ある種のみにくさとゆがみを持っているが、
 苦痛を与えるものではない。
 これは喜劇の本質でもあり、福笑いには
 喜劇性が凝縮されている、とも言える」
「でも探偵と何も関係が……」
「ジャンケンで負けたほうが、
 福笑いでつくったお面を
 一年間つけて活動することになる。
 いわゆる覆面調査員というやつだ」
「覆面調査員ってそういうのじゃ……」
「まずは目隠しをする」
 ケムリさんは人の話を聞かない。
 私はそれに慣れている。
「はいはい、目隠ししました」
 ケムリさんの私の手に手が触れ、
 何かをもたされる。
 紙片。恐らく顔の一部だろう。
「さあ、今君の手に目を持たせた。
 どこに置くか決めたまえ」
 私はそれを適当に置いた。
「いいぞ。いいぞ」
 その後も指示に従い、無事に
 顔のパーツをすべて置く。
「目隠しをとっていいぞ」
 言われたとおり目隠しをとる。
「何ですかこれは……」
 そこにあったのは
 顔ではなく漢字の羅列。
「見事だね。
 君は『四重奏室内楽曲集』という
熟語を手際よく順序どおりに並べた」
「ええと、これはどういう意味が?」
「この事務所に欠けているものだよ。
 ヤマダ電機に行こう」
「え? え? どういうことですか?」
「まずは良いオーディオを買う。
 話はその後だ」
「福笑いはどうなったんですか?」
「新年早々君は呑気だなぁ。
 『福笑いはどうなったんですか』って。
 ここは探偵事務所だよ?」
「いや、ケムリさんが言ったことで……」
「喜劇はまぬけな探偵に任せておけ。
 依頼の電話があったんだ。出動するぞ」
「なんだ、そうだったんですか。
 それを早く言ってください……」
 依頼人がヤマダ電機にいるのか?
 この人は肝心なことを
 言わなすぎる。
 だが出かけようとすると待ったがかかった。
「いやそうだ、覆面調査が必要なんだ。
 ワスレテタ。というわけで……」
 私は無理やり「四重奏室内楽曲集」と
 張り付けられたお面を被せられた。
「前が見えません」
「そりゃあそうだ。
 君はいま「四重奏室内楽曲集」なんだから」
 楽曲集たる私は、
 ケムリさんに手をひかれ、
 事務所を出た。
  新春の陽光が仮面越しに感じられる。
 ケムリさんが言った。
「しかし……よかったのかな。
『四重奏室内楽曲集』を室外に持ち出して」
 知るか、と私が内心毒づいたのは、
 言うまでもない。

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