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詩学探偵フロマージュ、事件以外 新年の挨拶電話

「おい君、昨年観た映画で
よかったものはあるかね?」
 冬休みで家でゴロゴロしていたら
 ケムリさんから連絡があった。
「明けましておめでとうございます。
 映画ですか…去年ですよね……。
『ワンスアポンアタイムインハリウッド』
 とかですかね……ディカプリオが素敵で」
「詩学的な観点から?」
 唐突な質問に私は炬燵の角で膝をぶつけた。
「え……それはわからないですね。
 あんまり映画を観るときに
 詩学意識しません」
「ダメじゃないか」
 そんなに叱られるほどのことではない。
 だいたい休暇中に上司がこんな意味不明な
 要件で電話をかけてくるなんてパワハラだ。
「どんな映画が詩学的におススメなんですか?」
 それなのについつい尋ねるのは、
  まあ私が聞いてみたいだけである。
「そうだな。まずチーズ片手に映画館に座る」
 案の定、まともな返答ではなかった。
「売り物以外持ち込んだ時点でアウトですよ」
「それじゃどんな映画観ても詩学的にNGだ」
「べつにチーズは必須じゃないのでは……」
「アリストテレスも言ってる。
『チーズのない劇は劇だが刺激がない』」
「……そんな日本語のダジャレ言ってます?」
 言っているわけがない。
 古典を出せば許されるってもんじゃない。
「とにかく、チーズをもって座る」
 強引な進め方だ。
「はい……でもそれ映画の話じゃなくて
 観る環境ですよね? 詩学的映画っていま……」
「環境が大事だろう」
「まあ大事ですけど……」
「チーズをもって座る」
「わかりました。チーズをもって座る」
 認めないと話が先へ進まないだろう。
「チーズを食べ、ワインを飲む」
「持ち込み厳禁ですよそんなの……」
「ワインを飲む」
 もう私のツッコミなんて聞いていない。
「わかりましたよ、飲んでください」
「たちまち寝てしまう」
「ダメでしょ。
 寝たらどんな映画かわからないです」
「なんとなく詩的な夢を観る」
「夢まで調整できませんし……」
「目覚めると、クレジットが、
 川のように下から上へと流れている」
 川のように、という直喩法が挟まれた。
 そんなことで私の目は誤魔化されない。
「たいていの映画のクレジットは
 下から上へ流れてます」
「まあこの観点からいくと、だ。
 俺のお眼鏡にかなう詩学的映画の代表例は、
 タルコフスキーの『ノスタルジア』だな」
「……知らないので賛同しかねますし
 こんな前情報入れられた以上たぶん
 観ないので確かめようがないですよ」
「まあとにかく、正月はチーズを
 食べ過ぎる傾向にあるから気を付けて。
 体調を数日後の勤務に備えるように」
 電話は切れていた。
「何の電話だったの……?」
 あまりに謎過ぎた。
 しかも、正月にチーズを食べ過ぎる傾向にある
 というのは完全にケムリさん自身の話。
 ふつうの人間は正月にチーズを食べ過ぎたり
 しないのだ。
「意味がわかんない……」
 私はそう呟きつつ、
 動画配信アプリでタルコフスキーを検索し、
『ノスタルジア』を観た。
 どこの辺りからだろうか。
 私は眠りに入ってしまった。
 そして、たいそう詩学的な夢を見た気がした。
 
 と、ここでまさかの宣伝である。
 1月27日、東京池袋で行なわれる
 森晶麿氏のトークイベントに参加すると
 この「詩学探偵フロマージュ、事件以外」の
 厳選&再調整版が入場特典でもらえるそうだ。
 それだけでなく、
 あの「聖夜の事件」が何と冊子になって販売される
 らしい……。
 というわけで参加申込の方は森氏までDMを。

 新年も詩学探偵フロマージュを
 どうぞよろしく。
 新年初語りを終え、
  詩学的な夢を見ている助手でした。

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