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詩学探偵フロマージュ、事件以外 聖夜の大団円後

 私たちは都内某駅の西口にある
 ネットカフェにいた。
 事件解決後、終電を逃してしまい、
 ネットカフェで夜を明かすことになった。
「見事な事件でしたね」
「そうだな。まったく。
「ライスが食べたくなった」
「どうですかね、
 ライスだけって。
 そんなのネットカフェで注文できます?」
 身体は疲れ切っていた。
 今にも眠りたいのにお腹が空いている。
「みたらし団子が食べたいな」
「どんな欲求ですか。チーズじゃないし」
 ケムリさんはフロマージュ探偵なのに。
 そんな彼がチーズ以外のものを欲するとは。
「例外だってあるさ。こんな夜だもの」
「見たこともないような真相でしたもんね」
「始終踊り続けている死体。
 どんな十字架より高速回転する十字架。
 見事だった」
「そうですね、ほんとうに……」
 私が入社して以来初めての事件は、
 じつに聖夜にこそふさわしい大事件だった。
 そして、その謎を見事にケムリさんは
 解いたのだ。
「ところで気づいていたか?
 今の我々の会話。
 頭の部分がドレミになっている。
 つなげると『きよしこの夜』の音階になる」
「え!? ほんとですか?」
 私は上から順に確認してみた。
 み(見事)・そ(そうだな)・ラ(ライス)・
 ど(どうですかね)・ラ(ライス)
・そ(そんなの)・み(みたらし)・
ど(どんな)・れ(例外)・み(見たこと)
・し(始終)・ど(どんな)・み(見事)
そ(そうですね)
 なるほど、たしかに音階になっている。
「でもこれ『きよしこの夜』にはなりません」
「がんばればなる。
 みーそらーどー
 らーそみーどー
 れーみーしー
 どーみーそー。ほらな?」
「全然なってませんよ。
 お腹が空きすぎました」
「え? なに?
 好きすぎる? 
 ダメだよ、こんな密室で急な告白は」
「ば……馬鹿なことを」
「あーもう俺は眠い。
 ライスは明日でいいやぁ」
「ライスが食べたいのは私です」
「そうだっけ? みたらし団子が君だろ?」
「私とあなたの区別もつかないんですか」
「似たようなもんだ」
「ちがうと思います」
 私はこんな変態ではない。
 それなのに何だろうか。
 私は妙にニヤニヤしていた。
 聖夜に、ケムリさんと、
 さえないネットカフェとはいえ
 一つの部屋にいる。
 たぶん私は実際に……好きすぎるのだ。
 お腹が空いている以上に。
 ぐぅううっとお腹が鳴った。
「お、いまの音『きーよーしー』って感じ」
「ぜんぜん似てませんよ。みたらしを頼みます」
「ずるいな……」
「だってみたらし団子食べたいのは私ですもんね」
「いや俺だよ」
「似たようなもんじゃないですか」
 あくびをしながらケムリさんは起き上がる。
 そして、PCの画面で注文ページを開いた。
「たこ焼きも食べたくなった」
「聖夜っぽくないですね」
「オクトパス、クリスマス。
 脚韻を踏んでいる」
「……納得するとでも?」
 ケムリさんは答えない。
 私は椅子を倒して天井を見上げる。
 ケムリさんも椅子を倒す。
 二人で大きな事件を解き、
 同じ天井を見つめているのだ。
 メリーオクトパス。
 アンド、クリスマス。
 好きすぎる……私はそっと心の中で唱えた。
 その夜我々は、たこ焼きとみたらし団子、
 カレーライス大盛りをたいらげ、
 互いに信じられないほど、爆睡した。
 聖夜の記憶は、翌朝には何も残らなかった。


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