詩学探偵フロマージュ、事件以外 暇
暇と呼ぶにはあまりに暇すぎた。
瑕と暇はないほうがいいらしい。
私はこの事務所にきて、
少しずつではあるが、暇が嫌いに
なりつつある。
なんて言ったら言い過ぎか。
もちろん、探偵フロマージュ、こと、
土堀ケムリさんと二人でいるというのは、
考えようによっては、
ロマンティックではなくもない。
なくもないが、なくなくもない。
「電話、鳴りませんね」
「君ね。そんな顔されたら、鳴る電話も
鳴らなくなるよ?」
「そんなわけないじゃないですか。
電話が鳴らないのは私のせいじゃないです」
「こういう日はね、忙しいふりをするんだよ」
「忙しいふり?」
「そうそう。ああ忙しいなぁ。
チーズを食べる暇がないくらい忙しい……
なんか、むしゃくしゃしてきたなぁ……
よし、チーズタイムをとろう」
ケムリさんは冷蔵庫からチーズを取り出すと、
ほくほくとそれを食べ始める。
「ぜんぜん忙しいふりができてませんね」
「何を言ってるんだ?
俺の脚を見ろ。見事な貧乏ゆすりをしている」
「おお……ほんとう……。
心に余裕がない時に人がうっかりやるという
あの貧乏ゆすりを……。
しかも三拍子じゃないですか」
「頭の中で、ゴーダ氏とカマンベール嬢が
ワルツを踊っているところを想像してるんだ」
「貧乏ゆすりじゃなくて拍を取ってるんですね。
それは忙しいふりになってないのでは?」
「見ろ。俺のシャツの袖を」
私はケムリさんの袖を見た。
何とケムリさんの袖はフリルになっていた。
「これを名付けて『忙しいフリル』。
もしくは『忙しいフリフリ』」
「なるほど。今日ははじめから
忙しいフリルをつけて、
忙しいふりをする気万端だったという
伏線張ってますアピ―ルですね?」
「そういうことだ。
俺がいかに用意周到に
その場しのぎではなく忙しいふりを
しているか理解できただろう」
「ええ。それはわかりましたが、問題が一つ」
「何だね? この忙しいときに!」
「忙しいふりをする周到な用意をしていたって
今日も暇だと確信してたってことですよね?
それはつまり暇人の発想だと思うのです」
「あーもう、今日は一日忙しくて死にそうだ。
君の相手をしている暇なんかないんだ!」
ケムリさんは都合が悪くなったからか、
ぷんすか怒って黙ったまま
忙しいふりを続けた。
でも、夕方になると、お互いにお腹がすいたので、
夕飯を食べにいくことにした。
トマトとモッツァレラをつまみに、
赤ワインを飲みながら、私はケムリさんの
ご機嫌な様子をほろ酔いで眺めた。
今日も一日暇だった。
一日「ふり」を続けたケムリさんのフリルは、
今はワインを飲むたびに嬉々として揺れている。
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