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詩学探偵フロマージュ、事件以外 探偵の隠し事

 そりゃあ男子だもの、そんなもんだろうって
 私もそこまでの堅物ってわけではないし、
 理解しているつもりだった。
 だったのだが──。
「『昼下がり人妻熟女大図鑑』って……」
 土堀ケムリさんの外出中に大掃除を
 続行していたら、
 ソファの隙間からそんな雑誌が出てきた。
 ソファというのは存外謎な隙間があるもので、
 背もたれと座部のあいだにある隙間に
 手を突っ込んでみれば何ともポケットよりも
 奥が深かったりするのだ。
 そしてそこに手を突っ込んだら出てきたのが、
 このいかがわしきエロ雑誌である。
 いや、いいのだ、エロ本の一つや二つ。
 ケムリさんだって男子だし、必要なのだろう。
 でも物申したい。
 「人妻」とか「熟女」とか、
 私に関係のなさすぎるワードの
 目白押しなのはどういうわけなんですか。
 え、ケムリさん、そっち系なんですか。
 そういうことなんですか。
 じゃあ私、無理じゃないですか。
 そんなことをあれこれ考えていると、
「あ……」と背後で声がした。
 振り返ると、ケムリさんが入口に立っている。
「あの、いや、これは片付けを
 していたらですね……」
 べつにこっちが狼狽える理由はなかったが、
 何となく狼狽えてしまった。
 ところがケムリさんは堂々と
 こちらを睨む。
「君、ここは神聖な職場だよ?」
「え? はい……え?」
「君の趣味をとやかく言う気はないが、
 そういうものを持ち込まれるのは困るね」
「いやこれ、
 ケムリさんのソファから出てきたもので」
「俺のものだって言うのか?」
「……違うんですか?」
「もし俺のものだったら、
 俺は恥じらいもなく
 君を叱りつけてることになる」
「そうなりますね……」
「君、俺がそんな上司だったらどう思う?」
「だいぶいやですね……」
「部下がだいぶいやがるようなことを、
 俺がもしもしてたら、
 俺はどんな顔でチーズを食べればいい?」
「眉間に皺を寄せて食べればいいと思います。
 そうそう、そんな感じに」
 ケムリさんは眉間に皺を寄せながら
 チーズを食べ始めていた。
「これケムリさんの雑誌ですよね?」
「君もしつこいね」
「いま眉間に皺寄せてチーズ食べましたよね」
「そんな雑誌をソファに挟んでた人間が、
 えらそうに探偵面できると思うのか?」
「人妻、熟女、好きなんですか?」
 ケムリさんはかぶりを振って溜息をつく。
「君ね、もう言い逃れは難しいぞ」
「あなたですよね……」
「Q.E.D。証明終わり」
「私が、ですね」
「一件落着だ。次の依頼に移ろう」
「いや自白が終わってないんですよ。
 次の依頼もありませんし。
 ゆっくり話し合いましょう。
 人妻、熟女がお好きなんですか?」
「往生際がわるい犯人は、
 小説を長引かせるだけだぞ?」
「あなたですってば。
 それに致命的なミスを。
 さっきケムリさん『そんな雑誌を
 ソファに挟んでた人間が』て言いましたね。
 私、この雑誌をどこで見つけたか、
 何も言ってませんよ」
「……そういうことだ。
 何も言っていないのに、
 君はソファからその雑誌を取り出した。
 君のものだからだな」
「いやいやいや……」
 と、ここまでヒートアップしかけて、
 心で待ったをかけた。
 考えてもみれば、このままあと一時間
 粘ったところで、ケムリさんが真相を
 激白するとも思えない。
「わかりました。
 私の雑誌ということで、
 私物を事務所に持ち込んだりして
 申し訳ありませんでした。
 今すぐこれは捨てて参ります」
「え……?」
 私は雑誌を持って立ち上がった。
 ケムリさんの顔色が悪くなる。
「ものを簡単に捨てるっていうのは……」
「いえ、私、大いに反省してますので、
 ただちにこればかりは捨てて参ります」
「待ちなさい! 
 君には情けというものはないのか?
 この憐れな雑誌に、
 年くらい越させてあげたらどうなんだ?」
「年を……ですか……」
 私はカレンダーを見やった。
 フロマージュ探偵事務所は、明日から
 しばらく冬休みになる。
 私は手元の雑誌を見た。
「捨ててきます」
「え……」
 私は雑誌を持って外へ出た。
  外で泣き叫ぶ声がした気がしたが、
 気にせずにコンビニへ向かった。
「白状すればいいのに……」
 プライドが高いのか何なのか。
 でも、とふと思う。
 ここで趣向を認めてしまうと、
 私に嫌われるかも知れないと考えた、
 なんてことはないだろうか?
「いやぁ、それは虫のいい邪推よね」
 しかしあの慌てよう。
 思い出すと、にまにまが止まらなくなる。
 私は結局、雑誌を鞄にしまったまま捨てずに
 十分後にオフィスに戻った。
 そして、ケムリさんがデスクで
 ぐったりしている隙に、
 こっそりソファの隙間に戻してあげた。
 ケムリさん、良いお年を。
 そして、来年もよろしくお願い致します。

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